下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

時のかけら 神谷バー 始まりはここから③

神谷バー 始まりはここから

以前紹介した『神谷シャトー』
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その神谷資料館に展示されていたもの
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これこそが、神谷傳兵衛氏がお酒での最初の成功を収めた
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初代、神谷バーの建物
そして今回記事にしている『神谷バー』の建物は2代目
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この写真の左側を見てほしい
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それこそが、
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このお酒を、現在の神谷バー裏で作っていたこのお酒を造る
工場の在りし日の姿

更にモノクロ写真1枚
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当時、風光明媚な別荘地であった稲毛の浜に神谷傳兵衛が作った別荘

今もこうして残されている、不思議
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そして、この建物との出逢いから、
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牛久シャトー、神谷バーと繋がっていく不思議
全て世の中は繋がっているのだろう
[ 2018/07/11 00:02 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

時のかけら 神谷バー 始まりはここから②

1階にバー、2階がレストラン、3階が割烹料理のお店。
バーに行きたいところだけど、日中でもあり、街歩きではお酒を飲まないkozoh55は
この2階をチョイス
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名物の『電気ブラン』はまたの機会か~残念。
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蜂ブドー酒、これこそがこのお店の『牛久シャトー』とのつながりが見えてくる
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ナポリタン、お勧めらしい、、、これもまたの機会か
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レストラン店内へ
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戦前、戦後へと変わりゆく中で、内装も時代に合わせて変わってきたのだろう
店内は普通の感じ
珈琲とフルーツパフェを頂く
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安心感のあるビジュアルと味
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1時間ほどのんびりしてから、レストランを出ると

この階段が出迎えてくれた
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当時の姿がそのまま残されている、数少ない場所
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初代神谷傅兵衛氏のビジネス成功の歴史は、
この『神谷バー』から始まった。

時のかけら 神谷バー 始まりはここから①

浅草の顔と言えば、
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浅草寺、そして雷門

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最近は、スカイツリーも浅草の顔、、かな
けれど、この建物を思い出す人も多いのではないか
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明治13年創業、日本最初のバー、それが『神谷バー』
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浅草1丁目1番1号という番地名はここが浅草の中心であることを教えてくれる
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大正10年、この建物『神谷ビル』落成
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当時のモダンなタイルに彩られた姿は
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今も味わいを感じられる

スクラッチタイル
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保存状態がとても良いからこそ、有形文化財として指定されている

中に入ろう
(続く)

びば、ラーメン!! 担々麺を食らう

夏が来れば思い出す、遥かな尾瀬、遠い空、

夏が来ると訪れる、遥かな『阿吽(あ、うん)』、担々麺。
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辛い食べ物が、そもそも好きなkozoh55
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どうだろう、この唐辛子感
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この『阿吽』さんでは辛さ3度が規準。
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私がオーダーしたのが、辛さ4度、痹れ4度、
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口の周りが麻痺するような、そんなラーメンなのに

はっきりと美味しいと感じるのは、何故なんだろう
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行列が出来るとはどいういうことなんだろう
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都内のラーメンを語るなら、語りたいなら、
まずは湯島のこのお店で食べてからにしてほしい

などと、ラーメン知ったかぶりな風なkozoh55でした。

時のかけら 戸山ハイツ 生涯一団地として

戸山ハイツに到着してすぐ、戸山公園の公衆トイレに立ち寄った際、耳にしたもの、
『俺、そんなことしないぞ』
若い声ではなかったものの、張りのある声、女性の言葉、
女性が自分の事を『俺』と呼ぶのは、ついちょっと前まで、珍しくなかった、、そんな気もする。

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なんか洒落てる『戸山ハイツ』
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ほら、ね
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文字がカッコイイ
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地味だけどお洒落
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敷地内にもうひとつある商店群
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どれも現役
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それっていい事だわ~
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新宿駅まで15分、東新宿5分、新大久保10分そこそこで行ける立地、
学校などの公的な施設も近く、大きな公園緑に囲まれた住居、
『戸山ハイツ』は何十年時が過ぎても人気の住まい

オートロックが無くても、
オール電化が無くても、
人は住むには充分事足りて
けれど戸山ハイツのこの住環境は、コアな部分でかけがえのないお宝をたくさん持っていて
それは、100年経っても人気であり続けるのだろう