下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

パフェ愛 小岩ラフォーレ

kozoh55は仕事が忙しくて、ストレスが溜まってくると
ここに来ることにしています。
以前、フルーツパフェを紹介した小岩駅北口0分の「ラフォーレ」さんです。
1階にあるハヤシフルーツさんの喫茶部でして、フルーツ自慢。

今月、お店にお邪魔していつものフルーツパフェを頼もうと思っていたら、
メニューに「期間限定 いちごパフェ」の文字が、、、

フルーツパフェ食べたい、もちろん食べたい
でも、限定メニューは今しか食べられない
もしかしたら一生に一度のチャンスなのかも

悩みに悩んだ1分間
両方頼もうかとも悩んだ1分間
170207-165809-小岩 ハヤシフルーツ (3)_R
いちごパフェを選択
170207-165814-小岩 ハヤシフルーツ (4)_R
仏像のように後光が差しています
170207-165849-小岩 ハヤシフルーツ (6)_R
ありがたや、ありがたや

170207-165909-小岩 ハヤシフルーツ (1)_R
いや、このクリームの「ぶちゅ」感がたまりません


170207-165905-小岩 ハヤシフルーツ (9)_R
ああ、一口食べた「ジュルッ」という瑞々しさを、撮り忘れていました~
[ 2017/02/19 23:12 ] 食べ小僧 | TB(0) | CM(4)

太田 エピローグ 

太田と言う街並みを語ると、
私が描いた街並みは、ほとんどが北口の物語であったのですが、
南口こそが今の太田市の姿なんでしょう。

170131-161908-大田2017 (595)_R

駅を降りたとたん、ずっとずっと飲み屋街が続く、、、、

もはやそれがいいのか悪いのかという話ではなく、
それが今の太田駅の繁華街の姿ということなんだと

それしか私には言うことが出来ないのです。
太田の記事はここまでです。

太田 時の流れ 過ぎし日々⑤

黒く美しい姿
170131-132837-大田2017 (249)_R
170131-132537-大田2017 (231)_R
170131-132551-大田2017 (236)_R

これは、明治大正時代の煉瓦蔵?
170131-133010-大田2017 (257)_R
170131-133020-大田2017 (261)_R
過ぎし日々
170131-132903-大田2017 (253)_R
170131-133427-大田2017 (283)_R
170131-133410-大田2017 (280)_R
「寿司 双義」さん
170131-133704-大田2017 (288)_R
このマークの意味するところは、何でしょうか?
170131-133736-大田2017 (292)_R
太田市の市章ではないようです

ちまたの猫は相変わらず自由で
170131-141547-大田2017 (324)_R
170131-141611-大田2017 (333)_R

私は街の美術館で、ケーキと珈琲を頂いて
170131-141113-大田2017 (302)_R
170131-134815-大田2017 (299)_R
地元の方にこの街が花街だったことを伺いました

これもその頃の「夢の跡」7でしょうか
170131-142338-大田2017 (368)_R
170131-142321-大田2017 (366)_R
170131-142825-大田2017 (388)_R

本陣は跡しか残ってませんでしたが
170131-143850-大田2017 (402)_R
「旧金山図書館」は残されています。大正11年建築。
170131-144550-大田2017 (414)_R
170131-144501-大田2017 (410)_R
知りませんでした、太田市はパン作りが盛んだって事を
170131-145121-大田2017 (434)_R
このお店の建物も大正時代、関東大震災に負けなかったんですよ~
170131-145132-大田2017 (436)_R
170131-150451-大田2017 (443)_R
素朴な味わい、きなこパン
170131-150513-大田2017 (446)_R

太田 時の流れ 過ぎし日々④

この街は都会なのか田舎なのか解らなくなります。
前の記事の病院の脇にありました。
170131-130929-大田2017 (191)_R
色町残照
170131-131001-大田2017 (195)_R
地名で言うと「本町」
170131-131030-大田2017 (199)_R
170131-131148-大田2017 (215)_R
なんという名の料亭、いえ、お店だったのかしら
170131-131100-大田2017 (206)_R
知りたかろう、けれど忘れられたのだろう

太田 時の流れ 過ぎし日々③

南口から、再び北口方面に向かう
170131-125844-大田2017 (141)_R
駅から数分の処の風景
170131-125924-大田2017 (146)_R
東武線の高架を渡ると、ぽっかりと木造住宅群が現れる
170131-130304-大田2017 (150)_R
おお、畳屋さんか
170131-130306-大田2017 (151)_R
こちらも渋い
170131-130349-大田2017 (155)_R
これは、防空壕ではないのか、、、
170131-130409-大田2017 (156)_R

富士重工業は戦前は「中島飛行機」
あの「隼(はやぶさ)」を作っていた会社
昭和20年に空襲を受けている

一番右の建物は、何物だろうか
170131-130435-大田2017 (160)_R
ちょっと色町調でもあるが
170131-130437-大田2017 (161)_R
全体に格式が高い
170131-130529-大田2017 (163)_R
その建物は、病院だった
170131-130618-大田2017 (166)_R
それも、遊び心がある風な感じ
170131-130639-大田2017 (170)_R
そう、外壁は「スクラッチタイル」
170131-130650-大田2017 (172)_R
戦前の建物だと、すぐ気が付いた