下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

吉田松陰 ~江戸の絆~(2)

南千住の駅そばにある「回向院」、正式名「豊国山 回向院」
三河島・南千住 (43)_R
この黒い石に書かれた文字「小塚原回向院」
三河島・南千住 (44)_R
江戸時代、ここから少し南には「小塚原」という処刑場があり
処刑者達の供養のために両国回向院の分院としてこのお寺は作られたのです。

「解体新書」を表した杉田玄白や前野良沢が「腑分け」、
三河島・南千住 (46)_R
人体解剖を行ったのもこの場所

お墓には、「歴史ゾーン」なる場所があり
三河島・南千住 (49)_R
鼠小僧次郎吉のお墓があるかと思うと、
三河島・南千住 (52)_R
松蔭と同じくして、安政の大獄で処刑された「橋本左内」の
立派なお墓が目に止まり、
三河島・南千住 (53)_R

通りすぎてしまいそうな地味なお墓、
三河島・南千住 (55)_R
これが伝馬町の牢獄で処刑されたのち、吉田松陰が葬られた場所なのです。

処刑直後は罪人でもあり、手厚く葬ることが出来なかった、
そのことが伝わってきます。

だからこそ、次の記事「松蔭神社」は「東京」に作られたのですね。
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