下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

吉田松陰 ~江戸の絆~(1)

半月前、日本橋界隈をぶらりしていたら、日本橋小伝馬町にある、
「十思(じっし)公園」に辿り着きました。

それはそれは穏やかな公園で、ここが江戸時代、牢獄だった事など
日本橋ぶらり (481)_R
誰が想像できましょうか。

そうですね、この鐘が江戸時代最初、徳川秀忠の時代からの「時の鐘」だったこと
日本橋ぶらり (491)_R
鐘の向こうの白い建物は、「旧十思小学校」は昭和3年建築
日本橋ぶらり (499)_R
現在は「十思スクエア」というこれまた穏やかな福祉施設に

けれども間違いなくこの地には、江戸から明治初期まで、
「伝馬町牢屋敷」があったのです。

はっきり読み取れる「松陰先生終焉の地」
日本橋ぶらり (485)_R
辞世の句と言われる言葉、
「見はたとひ武さしの野辺に朽ちぬとも、とどめ置くかまし大和魂」
日本橋ぶらり (483)_R
「吉田松蔭顕彰碑」と灯籠
日本橋ぶらり (484)_R

安政の大獄により連座された吉田松陰は、
安政6年10月27日にこの地にて処刑される、享年30才

では、吉田松陰のお墓はどこなのか



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