下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

八広 街歩きは宝探し(4)

まだ何かに出会えるかもしれない、そう思って更に細い路地へ
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お、下町モードにリーチがかかりました、「下町猫」発見。
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えーと、下町猫の特徴としましては、
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「ブロック塀の上を歩いている事」です
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工場を発見、なんかこの光景、凄かった
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題して「昭和な工場(こうば)」
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そしてこの路地にもお店がることを知る
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そして出会った「かま国」さん
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もちろんご主人自家製さつま揚げ
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またやってしましました、「がんものその場食い」
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ご主人曰く、「いや~がんもをそのまま食べる人は初めて見たよ」
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私 「ご主人、この商店街はあちらの商店街と一緒なんですか?」
ご主人 「いやあ、別な商店街なんだよ、今でこそお店は減ったけど、
僕の小さい頃はこの狭い場所の40軒お店があって、この地域1番だったんだよ」
私 「へー、そうなんですか、何という商店街だったのですか?」
ご主人「名前?覚えてないなあ」

ふと、私の目に入ったコンクリートの柱のようなもの、
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私 「ご主人、あの柱のようなものは、なんですか?古そうですけど」
ご主人 「ああ、あれねふるい外灯の柱だよ、ああ、あそこにも残っているよ」
あそこ?と振り返って目に入ったもの、
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それは、以前、横須賀の安浦で見かけたコンクリート製の
外灯のかけらだった、近付いてみると。
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私 「ご主人、この商店街、「南龍館通商栄会」という名だったんですね」
ご主人 「ああ、そうだ、そういう名の大きな映画館があの先の突き当りの脇にあったんだよ」

ご主人から教えていただいた場所には、民家があり当時の面影は
残されていたかった。
そういえば、入谷にも映画館の名が付いた「金美館商店街」があったそうだ
見て、みたいな当時の映画館の姿を、、、、、

いかがだったでしょうか「八広」
これもご主人から伺ったのですが、京成八広駅は以前「荒川」という駅名
だったそうです。茨城県の「荒川沖」駅と混同することから、
八広、運が広がるという縁起のいい駅名に変わったのですね。
おもしろい、おもしろい。南龍館、金美館どちらでもいいから見てみたい。

ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55
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こんばんは

八広シリーズ、楽しかったです。たくさん猫ちゃんがいるんですね。この街の猫のお写真の中で、特にこの記事の三枚、すばらしいですね!ひょこひょこブロック塀を歩いている様子がリアルに伝わってきます。私はなかなかそんなふうに撮れません。お手本にいたします。
さつま揚げ、素朴な感じで具がたっぷりで、おいしそう!おでんもお好きみたいですね(笑)。八広の名前の由来や「「南龍館通商栄会」、とても面白いです。昭和の香りがする街なんですね。
[ 2015/03/02 21:43 ] [ 編集 ]
Re: Sapphireさんへ
おはようございます。コメントくださりありがとうございます。猫たちが我がもの顔で闊歩する街でした。
この記事の子は私が見つけてからものんびりと近づいてくれて、撮影時間をいっぱいくれた『親切猫』でしたよ~ありがたい。おでん美味しかったですし、その上親切に街の情報沢山教えてくれました。昔、子供の野球が盛んでスポーツ店が大繁盛していた事、映画館のあった場所。街の一番の楽しみな場所だったのでしょうね。八広は昭和な面影に出会える貴重な街でした。また是非遊びにいらして下さい。
[ 2015/03/03 08:19 ] [ 編集 ]
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