下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

都電荒川線 勝手にしみじみ系(4)

荒川線沿線の名所と言えば、
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「荒川遊園」
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今でこそお子様御用達の「ゆうえんち」は
大正11年開演の老舗中の老舗。
実は開園当時は温泉と演芸場、料亭など大人の遊び場だったそうです。

いまはおこちゃま向けなので
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そうです、もんじゃ焼きはこの周辺で子供たちの食べ物として
j始まったものでしたね。

たこ焼き、たこせん?
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案外というか、やっぱりというか、美味しいたこせん
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荒川遊園は煉瓦工場跡地に作られたもの
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住宅街にそんなことを伝えてくれる「時のかけら」がありました

しみじみ系アリ
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そういえばこのあたりの地名「尾久」は
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三業地だったわけでして、料亭の名残りを感じる建物に見えました

気が付くともう夕暮れ、懐かしい感じの「お豆腐屋さん」発見
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みて、このおいしそうな姿、
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私「がんも下さい、ここですぐ食べるのでそのままでいいです」
ご主人と奥さんが、
「温めた方が美味しいから、温めあげるよ」
「いや、大丈夫です」
「そう言わないで、中に入りなよ」
結局甘えてしまった私、温めて、切って、お醤油までかけてくれました。
都電荒川線 (367)_R

「隣の小台の商店街は昔はすごく繁盛していたんだよ、
でもこのあたりはずっとこんな感じ、最近は大型店の影響もあるね」
「もう跡継ぎがいなくて廃業する店が多いね、夫婦でやってやっとやれる仕事だし」
「不思議なもんでね、夫婦喧嘩すると、その日の豆腐が美味しくなくなるんだよ」
ご主人、奥様、がんも、そしてお話ありがとうございます、
お宝話を聞かせて頂き感謝でございます。

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[ 2015/01/18 05:58 ] [ 編集 ]
Re: ちまちま子さんへ
コメントありがとうございます。
返信は別途ご指定の所に送らせていただきました。
荒川遊園周辺、尾久、なかなかな場所です。
まだ行けておりませんけど、いつかここでもんじゃを
食べてみたいものです。
[ 2015/01/19 00:39 ] [ 編集 ]
こんばんは
この辺はついつい阿部定を思い出しますよね
今は大分新しい住宅もふえてきましたけど
[ 2015/01/20 22:30 ] [ 編集 ]
Re: ゆきゆきさんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
おお、阿部定事件できましたか~
そうなんですよね、戦前の事件の舞台が「尾久」
戦前は尾久は思いっきり大人の歓楽街だったんでしょうね。
もうその名残はどこへやら、、、、
でも、どかに料亭跡は残っているんじゃないかと
今回の訪問でも少し探してみたのですけど
何も出ませんでした。
「尾久駅」周辺にヒントがあるかなと
でも少し古い建物が残されているくらいしかありませんでした。
尾久にはまだまだ秘密がありそうですので、
荒川線沿線の記事は今度後編をアップしてみたいです。
お晩です、ゆきゆきさん、またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/01/21 01:41 ] [ 編集 ]
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