下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

芝・増上寺 徳川家残照を探して(2)

ここもたぶん増上寺の子院、凄い迫力を感じるのは
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私だけだろうか?
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後で地図で調べると「常行院」
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このお二人の由来すらわからない
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そう、この周辺には「芝公園」がちりばまれてます。
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「ペリー提督像」
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イケメンだったのですね

増上寺のもう一つの門の「黒門」は3代将軍家光の建立だというから
古い、「旧方丈門」。
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泥土を固めて、瓦などを重ねて作る「築地塀」
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増上寺は今もしっかり守られています。

現在の増上寺の敷地は3万坪、戦前はその10倍、
今の増上寺には入りきらない「徳川将軍家」の霊廟の跡が
「台徳院霊廟惣門」
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徳川ですねー、ここは秀忠公の霊廟台徳院の入口、
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迫力の阿吽像は、調査の結果、川口から移設された事が判明、
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これほどの姿が、もともとあったものでないことも不思議、
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もっと不思議なのは、この門は増上寺の敷地外、
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プリンスタワーの庭園の中にあるのです。

どうしてこの地はこうして切り裂かれたのか、、、
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人変われば視点も変わる。うーーん、そういうふうに見たかと感じ入りました。
[ 2014/12/04 06:09 ] [ 編集 ]
Re: AzTakさんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
増上寺は3度目の訪問で、その周りを中心にお散歩したくなったのです。
プリンスタワーの中に大徳院がぽつんとある、
プリンスホテルの敷地内のひっそりと佇む二天門、、、
増上寺と徳川家霊廟のスケールの大きさを改めて感じつつ
どこか引き裂かれた歴史を感じたりしたのです。
西武は東京オリンピックにあの地にホテルを作ることが、
至上の命題だったんでしょうね。
二天門はもう少し、もう少し大事にしてほしかったなあと
つくづく感じたのです。
またぜひあそびにいらしてください。
[ 2014/12/05 00:21 ] [ 編集 ]
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