下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(5)

東照宮を出てみると、
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「上野動物園」ちゃんですよ。
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パンダのネタは尽きませんね。
昔「欽ちゃんのドーンとやってみよう」という番組だったと思いますが、
「ホワンホワン」と「カンカン」の子供は?「保安官」
いやー、今考えるとオヤジギャグでしたね、あれで受けてたなんて、、、

そして「東京国立博物館」
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関東大震災で大きな被害を受けた博物館は、昭和13年にこの建物が完成。

で、どこに向かって歩いているのですか?って、
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そうです、私はこの記事のタイトル「東叡山寛永寺」に向かっているのです。
でも、途中で魅力的な建物ばかり、
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「旧東京音楽学校 奏楽堂」
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この巨大な建物は?初めて見るかもしれない
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「旧帝国図書館」1906年建築。
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この美しい内部は、現在「国際子ども図書館」として「、
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まさに「生かされている」からこそ、私達に感動を与えてくれます。

そしてここは、「寛永寺 墓地」。
この地には6人もの徳川家の将軍が眠っていて、
そしてその入り口を今守っているのが、「厳有院霊廟勅額門」
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空襲で徳川家綱、綱吉の霊廟のほとんどが焼けてしまう中で、ここが残った
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その姿は、どこか江戸時代そのままの姿を感じさせるものでした。

「寛永寺本堂(根本中堂)」ここが寛永寺の中心となる場所、
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にもかかわらず、この建物は明治期に川越から移築したもの、
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それはこのお寺のどこか「流転」を繰り返した歴史を
物語っているのでしょう。
ここも、
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ここも寛永寺、
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なんだかもう暗くなってきましたよ。
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このあたりの建物を見て周ったことがあります。
音楽堂の素晴らしさや旧帝国図書館の素晴らしさに
目を奪われたものです。
ただ旧帝国図書館は外部改装工事中でした。
今全景を見ることができて嬉しいです。
[ 2014/11/21 19:39 ] [ 編集 ]
Re: aunt carrotさんへ
コメント下さり感謝申し上げます。
そうでしたか、見に行かれたことがあるのですね。
音楽堂はどこかシンプルで、見た目で芸術系かなと、、
東京芸術大学までは行っていたのですが、ここと旧帝国図書館は、
何故だか初めて見たのです。
特に旧帝国図書館は古い建物を生かしながら子供図書館に変身するという
離れ業を演じてまして、写真では一部紹介で、
もっと面白そうな場所でしたね。
あの外観は明治時代の人達がいかに公的な建物を
思いを込めて作っていたかの典型的な感じがしました。
またゆっくり見てみたいです。
またぜひブログにいらしてください。
[ 2014/11/22 13:34 ] [ 編集 ]
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