下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

深谷 煉瓦で彩られた宿場町(4)

昨日紹介した小林商店の近くにあった、「伊勢屋」さん。
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お願いしたのは「お稲荷さんと、かんぴょう巻」
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こんなに美味しくて、懐かしくて、いいんですか
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かんぴょうに味がしっかり乗っていて、しょっぱ美味しい

ラーメンも頂きましたよ
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この見た目と優しい味わいは、
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秩父で食べた「昭和軒」さん以来かもしれません。
ごちそう様でした。

スイーツも深谷の歴史をしっかり背負ってます、「和洋菓子舗 浜岡屋」さん。
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笑顔の素敵な若奥様が出てきて下さり、
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名物「塩豆 明治大福」。120年、4代続く老舗のお菓子を、
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わざわざ旅の私とyokotako氏にお皿に乗せて出してださったのです。
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大福、頂きました~お餅が柔らかい、あんこがいっぱい!
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他にもおすすめされた柿を使用した和菓子をお土産で買って
いきました。ごちそうさまです。

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干瓢は、近隣の農家で作っていたものでした。いまは、食材も色々豊富なので、干瓢巻きなどという貧乏臭いものの需要が減り、干瓢生産も低迷しているんでしょうねえ。
私自身は干瓢大好き人間です。
[ 2014/10/07 07:44 ] [ 編集 ]
Re: AzTakさんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
そうですか、近隣の農家でかんぴょうを作っていたのですね。
ああ、そうでしたか、かんぴょう巻が貧乏くさいものですか。
今は亡くなりましたが、故郷の母が作ってくれた太巻きには、
必ずかんぴょうが入っていたような気がします。
太巻きは私にとって「母の味」だったりまします。
記憶があいまいですが、ここで食べたかんぴょうは、
ははのものよりずっと味が濃かったような気がします。
かんぴょうが主張してくるのです。
そうですか、AzTakさんはかんぴょう巻が好きなのですね、ふふ。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2014/10/08 01:03 ] [ 編集 ]
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