下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう③

で、ときわ荘は今どうなっているの?路地にどうぞと看板が、
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どこにでもある住宅街の路地の先に、それはありました。
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ミニチュアの「ときわ荘」と当時を偲ぶイラスト。
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木造モルタル二階建てアパート。
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室内も見たいですよね、そこで、ときわ荘通りのお休み処&プチ記念館へ
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1階では手塚治虫を始めとしたときわ荘出身漫画家の本が読めて
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出身漫画家の絵入サイン、訪問された漫画家のサイン、
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このノート、信じられない有名な漫画家が、サインもい入れずに
自身の作品のマンガを描いてたりする、これにはかなりビックリ!!
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2階へ、これが当時のときわ荘を彩った漫画家たち。
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私が一番お世話になったのは、手塚治虫と石ノ森章太郎このお二方かな。
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復元されたときわ荘の室内。
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よく漫画を描いて、よく飲んだり遊んだりしたのでしょう。
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漫画家チームは主に2階に集まっていて、基本1階は一般の方々が住んでいて、
2階のどんちゃん騒ぎに「うるさいぞ」と怒鳴られていたそうです。

椎名町・長崎は語りたいことがまだいっぱいあります。
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[ 2014/09/13 14:59 ] [ 編集 ]
Re: 関連動画が在ります
お晩です、Yozakuraさん、コメント下さりありがとうございます。
関連の動画資料をご案内していただきまして、感謝申し上げます。
昭和20年代から30年代、街として主人公ではなかったですけど、
歴史としては主人公そのものだったのでしょうね。
どうしたって、説明し尽くせないドラマがこの街にあったのでしょうから、
ストリーテラーとしての漫画家たちは、この場所での体験を
きっちりと生かして作家活動を長く続けられたのです。
ビデオ、これからしっかり確認させていただきます。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2014/09/13 23:10 ] [ 編集 ]
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