下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

夏の終わり(3)

どの位置からでも戦の後が偲ばれる。
立川・玉川上水 (52)_R
立川・玉川上水 (68)_R

平和が続くことを記念して、美しいお庭がこの遺構の回りに
立川・玉川上水 (124)_R
立川・玉川上水 (137)_R
これは茄子のまだ小さい頃かしら
立川・玉川上水 (126)_R
変電所跡としてのオブジェが横たわる
立川・玉川上水 (83)_R
現代のプロペラとエンジンに見えます
立川・玉川上水 (77)_R

変電所らしさが、ここには残されていました。
立川・玉川上水 (113)_R
立川・玉川上水 (108)_R
立川・玉川上水 (119)_R

最後に、この地にもう一つ残された遺構、
この施設の中に残されていた「給水塔」は、残念ながら2001年に撤去され、
このコンクリートの壁のみ、当時の姿を偲んでいた。
立川・玉川上水 (71)_R


この給水塔の、実際の姿はどんなだったか、
今まで私が出会った「給水塔」から想像してみたい。

「駒澤」
三軒茶屋駒沢 (176)_R
「代田橋」
永福・代田橋 (261)_R
そして、「江古田」の給水塔、ここは戦争で爆撃を受けた跡が残されていた。
江古田 (273)_R
この玉川上水の給水塔は、こんな風だったかもしれない。

公園を後にして駅に戻ろうと歩いていると、そう
「玉川上水」がそこにさらりさらりと流れていて、
立川・玉川上水 (154)_R
私に平和の有難さを伝えてくれているのかと
立川・玉川上水 (159)_R
感じたのです。

どうしてこの記事が「夏の終わり』なのかって?
どうしてでしょうかね。
kozoh55
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ここまで砲弾の跡がこんなに残っているなんて、
これは驚きました。
学校の時の修学旅行、観光地など行かずに
こういうところを巡るべきですね。
と言っても先生方が戦争をご存知ない世代に
なれば無理なことではありますね。
美味しいかき氷と戦争の爪あと、、、
これで夏が終わりましたね。
[ 2014/09/09 17:26 ] [ 編集 ]
Re: aunt carrotさんへ
いつもコメントくださりありがとうございます。
静かなどこにもある平穏な街並みに忘れてはいけない
戦争というものの記録が残されている。
忘れられた遠い記憶ではないという事なんでしょうね。
なぜ夏の終わりというタイトルになったのか、
aunt carrotさんのコメントを読んでいて、
自分が気付かされたような気がします。
また是非遊びにいらしてください。
[ 2014/09/10 12:22 ] [ 編集 ]
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