下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横浜山手 異人達の記憶③

明治時代に本に上陸した『水道業』
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コイが泳いでたりして、それがこの施設が役割を終えたと思われることに
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繋がっていく
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近代的なインフラ、日本ではこの横浜の地から始まった

『外人墓地』
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この日、この場所に着いたのが5時近く
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もう、入ることが出来なかった
あの、生麦事件の異人さんの被害者も、ここに眠る
今度はじっくりと見てみたい

『山手234番館』
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昭和2年、外国人を対象として建てられた『アパートメント』
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柱が、とても安心感があって印象的でした
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『山手資料館』(山手十番館)明治42年建築
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現在は飲食のレストランとして純粋な民間企業が運営する
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日本最初の水道遺構は
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ここだったかしら、神戸だったかしら
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ライオンの注ぎ口には、当時の思い入れが感じられます
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落語家・快楽亭ブラックの墓石あり
kozoh55様
 その、横浜市の山の手に在る外人墓地ですが、確か3-4年前の休日、偶々開園していたので内部を参観。割と目立つ場所に、かなり昔、その方面では有名だった「外国人では草分けの落語家・快楽亭ブラックの墓石」を発見。
 中々に凝った意匠でした。
 時間を掛けて散策されますと、貴重な出逢いがあるかも?お元気で。
[ 2017/07/27 16:06 ] [ 編集 ]
Re: 落語家・快楽亭ブラックの墓石あり
おはようございますyozakuraさん、コメント下さりありがとうございます。
そうですか、快楽亭ブラックは漫画などで紹介されていたのは、実在の人物なのですね。びっくりです。
休日はお墓も見れるようですので、行ってみますね。

生麦事件など、大きな事件で外国人の尊い命が奪われてきました。それらと外国人墓地の関連など、もっと知ってみたいですね。

また是非遊びにいらして下さい。
[ 2017/07/28 13:07 ] [ 編集 ]
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