下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

浦賀 ひとりぼっちで海を見つめたいあなたへ 2話目

先にお話ししますが、今回の記事はいつも使用しているカメラで撮ってません。
いつもならニコンの7100とタムロンのズームと単焦点のセットで撮るのが、
カメラを忘れてしまったのです、、、、

どうしてそんなことが出来るのか、
それは、出掛けるとき、間違って仕事用のリュックを背負ってしまったから~
色違いのマンダリナダックのリュックなのこれが、、、
んで、コンパクトカメラで撮ったのね

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駅についてほんの少し歩いただけで明治時代の史跡に遭遇
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約1000メートル続く「水のトンネル」は
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浦賀のドッグ、造船所の工業用用水を運ぶためのもの
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そして今も残されて、
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操業を終えているという浦賀ドッグ
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煉瓦を見かけることの多い浦賀
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これは、あの灯台近くのマリーナの中に存在
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浦賀には戦争の歴史も残されている
『陸軍桟橋』
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昭和20年の終戦後、中部太平洋や南方諸地域、
中国大陸から引き揚げてきた人々
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約56万人がこの地から引き揚げてきたのだそうだ

そんなことが全く関係ないかのように
浦賀には寺社や町の会館などに全国で知られた漆喰細工の名人の作品が
残されている。
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すごいや
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