下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

尾久 眺めのいい時間(とき)⑤

今回の記事は「小台銀座」という商店街の紹介で締めようかと思っています。

その前に、「尾久」の歴史を少し語らせてください。

区のホームぺージには、明治時代、尾久には4つもの煉瓦工場があったと書かれていて、
そのことを私達に伝えてくれる遺構が「荒川遊園地前」駅近くの住宅街に残されています。
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良質の粘土が取れて、荒川による水運が利用できたからですが、
広岡煉瓦工場がここにあり、大正11年に工場を廃して作られたのが「荒川遊園」
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そう、この煉瓦塀は今よりずっと広かった「荒川遊園」の塀の遺構なんですね。
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ここは、どの時代かの入口だと思います。

今でこそ子供向けの遊園地
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でも、当時はお酒も飲める、最高の大人の歓楽地だったんです
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だから市電も走り、今もこうして展示されている。

その当時の名残はほかにもあると思って街を歩いてみると
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小台駅近くにひっそり佇む「割烹 熱海」

荒川遊園地前駅近くの商店街の建物
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女子大病院前駅近くの商店街で見つけた建物と
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煙草屋さん
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実際この地には「見番」があったそうですから
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色街・花街だったのでしょう

それと同時にこの地にあったのが「尾久温泉」
色街としての姿、温泉街としての街並み、その全てがこの街から去っていき
今の商店街だけが残っているのかもしれませんね。
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