下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

京都 夢のまた夢 中書島(弐)

中書島駅から数分の所にある「新地湯」さん
お隣の伏見からすると、中心街ではない外れの地、新地
「新地」と言えば色街、、、、
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時のかけらとして
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残されていた姿
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そして伏見城の外堀だった「濠川」。
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良質な水が取れたこの街は酒蔵の街として発展
「月桂冠」
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「黄桜」
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そしてあっさりと私の目に飛び込んできた古建築
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「寺田屋」
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現役の旅館だという
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幕末の偉人、坂本龍馬が襲撃を受けた場所
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現在の建物は明治時代に建てられたもので、
当時のものでは無いとされている。

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それにしても、司馬遼太郎の「竜馬がいく」を読んで感動したkozoh55にとっては、
忘れられない出逢いとなりました。
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史跡看板の文字は「以づ古----床柱」ですか?
kozoh55 様
 一年前の紀行文に今頃のレスにて、失礼します。
 この京都市南部、伏見にある【旅籠・寺田屋】を訪問された際の史跡解説看板の文字に就いて問合わせます。
 その、著名な旅館・寺田屋の隣にある史跡の看板ですが達筆の崩し文字にて揮毫されています。著名な龍馬襲撃事件を踏まえての川柳でしょうが、書かれている内容は以下の通りで宜しいですか?

【刀痕は以づ古寺田屋床柱】

 「以づ古」とありますが、「何処」を崩し文字で書き直したものと推測しております。「床柱」の「床」が一寸、崩し過ぎのような気もしますが、まぁ、そこは揮毫者によって、個人的な癖や嗜好もあるのでしょうから、一概に「教科書の如き端正な文字でなければ----」とも云えないでしょう。
 あの歴史的な襲撃事件を踏まえてみれば、「柱」に刀傷が残っていても不思議はありません。但し、実際に竜馬が宿泊していた「寺田屋」は鳥羽伏見の戦で遥か昔に罹災消滅した訳ですし、そもそも、刀で傷が付いた柱は廊下の角にあったそうです。
 それでは、「床柱で良いのか否か?」と不審に思い、お尋ねする次第です。何か御存知でしたら、御教示下さい。お元気で。
[ 2018/02/27 13:18 ] [ 編集 ]
Re: 史跡看板の文字は「以づ古----床柱」ですか?
Yozakuraさんへ
コメント下さりありがとうございます。
最初に一言お詫びいたします。
私自身、この寺田屋を見た瞬間、すでに聞いている情報として
『当時の建物ではない』
『当時の寺田屋を営んでいた人とは全く関係ない人が今の寺田屋を経営している』
ということでした。
ですから、場所に対しての思い入れはありましたが、
建物への興味はなかったのです、なので記事は短く、
建物内部を訪問していません。
ですので、そこに作られた碑文などがあっても、
価値があるとは思えなかったでしょうし、この碑文自体
存在を知ったのはYozakuraさんからのコメントを読んでです。
ですので、この内容の詳しい確認を求められても、お答えできないのです。
そういったことよりも、この建物近くに聳えていた
長屋調の建物の存在と、その内部には興味を感じてますし
今頃になって、また行きたいという気持ちがふつふつと
沸いてきました。
それと、何故竜馬は最後までこの京都を離れなかったのかなという
思いです。
危険極まりない場所での隠れ家生活、
どこか覚悟していたかのような気もしますし、
どこか楽天的な人で、最後は分かり合えると思っていたのかもしれません。
Yozakuraさんは、どうお考えですか?
[ 2018/03/01 00:47 ] [ 編集 ]
その長屋調の建物に関する追加視察、機会あれば御紹介を
kozoh55 様
 返信を拝見しました。丁寧な御説明、有難う御座います。
 史跡(史蹟)の看板に関しては、殆ど関心が無かったとの由、了解しました。余計な質問だったですね。失礼しました。
 で、その近傍に聳えていた「長屋調の建物」ですが、内装なども含め、また後日、紹介して頂ければ幸いです。お元気で。
[ 2018/03/01 10:46 ] [ 編集 ]
Re: その長屋調の建物に関する追加視察、機会あれば御紹介を
Yozakuraさんへ
コメント下さりありがとうございます。
はい、今後の記事へのご要望感謝でございます。
お答えしていきたいと思います。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55
[ 2018/03/03 00:43 ] [ 編集 ]
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