下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

時のかけら 旧川越街道⑦

今回の記事は元々、下赤塚から朝霞方面に向かって
ひたすら旧川越街道を歩むという予定、、、
が、気が付くと下赤塚の下町ぶらり旅になっている。

さすがに、少し街道歩きをしよう

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すぐに史跡に遭遇
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庚申塚がそこにはありました「小治兵衛窪庚申尊」
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盗人が建てた橋についての史跡らしい、、説明にならないね

気が付くと成増駅周辺
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成増は赤塚村の一部に過ぎない場所だったようです

いやあ、下町モードは全開な感じですよ
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飲み屋さんがちゃんと残されているから、いい
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成増を離れ、更に旧川越街道を歩くと
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立派な歴史建築がお出迎えしてくれました
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この辺りは街道だと知らないと、ただの生活道路
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けれど、時折、渋いのを発見して
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嬉しくなります
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「白子橋」
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流れる川は、もちろん白子川
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そう、ここは「川越街道白子宿」
正確な情報ではありませんが、白子=新羅、そう
渡来人の作った街のようですね

忘れられない建物その①
右から読むのか、左から読むのか
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わかったのは「魚くめ」さんという美味しいので有名なお魚屋さん
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生魚を買って帰るべきだったかもしれないけど、
なにかほとんど売り切れ模様でした。

そして忘れられない建物その②
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すっと、静かに建てられていましたよ
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「冨澤家住宅」
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これほど丁寧な姿で残してくれたことに、感謝
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そして、道は続く
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和光市から朝霞に向けて

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