下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

京都 夢のまた夢 橋本(弐)

この街は時間がゆっくりとしているかもしれない
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ちょっと気が付かないかも、これは、『銭湯』
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誰がここから姿を見せたんだろう
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この緑色がこの街には似合っている
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モノトーンの世界
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一つ一つがお約束にも思えてくる
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色街残照
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この建物は
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「赤線」という言葉が似合う
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そう、昭和が檜舞台、主役だったのだろう
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もはや無くなっていると思っていた
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そんな建物に出逢うことが出来た
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幸せ
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橋本の赤線の建築。タイルといい、ステンドグラスといい
歴史を感じつつ、なぜか違和感なく今の日常に馴染んでいますね。
朽ち果てた暗い雰囲気がないんですもの。

え~と、同時に読んでいる「近代庶民生活誌 色街・遊郭Ⅱ」によると(笑)
娼妓は470人もいたようです!
どの建物も細部にこだわって、窓廻りの揃った枠も素敵ですね。
[ 2017/03/07 21:52 ] [ 編集 ]
Re: masamiさんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
橋本の「そのまま残された姿」には驚き以外の何物も感じられない程、
衝撃的な出逢いでした。
どうしてこんなにも忠実に残されているのか、
まして、masamiさんのおっしゃる通り、朽ち果てた廃墟的な雰囲気は一切無い
それはそれは凄い事、
何故かなあと考えていくと、やはり住民の皆さんが橋本という街の
当時から今に至るなかで、愛し続けているということなんでしょうね。
娼妓は470人ですか!どうりで一つ一つの建物の規模が大きいわけですね。
ハイ、この地の建物の細部を見ると、惚れて、ぼーっとしてしまいますね。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2017/03/10 01:44 ] [ 編集 ]
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