下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

京都 夢のまた夢 島原(肆)

島原は花街、花街には遊宴の場『揚屋』がありました。
現在で言うと「料亭」が近い言葉です。

日本で唯一現存する揚屋建築『角屋』(すみや)
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館の顔
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宴会場への正面玄関か
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つけ払いを断られた新選組の隊士が付けた刀傷
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こちらは台所への勝手口?か
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いや、こちらこそ正面なのかもしれない
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寛永18年(1641年)建築。

『飾りかまど』、確かに可愛くて美しい
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こちらは本当に使われていたもの
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うーん、美しい
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『箱階段』
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『網代の間』
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そうですね天井が網代組みされています
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小さな庭園は、それはそれは姿がよくて
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この奥には『大座敷』が
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大座敷からの眺め『臥龍松の庭』
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そう、この部屋で新選組の幹部が集まって飲み交わし
当時の隊長「芹沢鴨」はこの角屋での宴の後、屯所に戻ったところを近藤勇一派に襲われ絶命する
そう、島原と壬生はすぐ隣なのですね
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どのショットにもウットリ
やはり京都はイイですねぇ
また、行きたくなりました。
[ 2017/02/27 07:49 ] [ 編集 ]
わぁ~!歴史旅ですね。
こんにちは(^-^

仕事の合間の気分転換にお邪魔しました。

つい先ごろ、長~い時間をかけて
浅田次郎さんの「一刀斎無禄」上下読み終え、
「輪違屋糸里 」上下巻購入したところです。

本の世界を旅出来ました。ありがとうございます。

濃茶の落ち着いた感じ良いですね~。
苔のお庭は、斎藤一が鉄之助に・・・と胸にこみあげて来ました。

北海道に居ながら京都の旅有難うございました。v-421
[ 2017/02/27 15:57 ] [ 編集 ]
Re: 植本多寿美さんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
ほんと京都は、そしてその周辺の町はどこも素晴らしかったです。美しい風景とそこに秘められた歴史、関わった人達。
突然決心して一泊二日、歩いて歩いて、歩き続けました。
旅の記事の中で、皆さんが少しでも楽しんで頂けたら幸です。
[ 2017/02/28 07:53 ] [ 編集 ]
Re: わぁ~!歴史旅ですね。
おはようございますぱんぷきん母さん、コメント下さりありがとうございます。
私の旅を感じて下さりありがとうございます。
そうですか、ちょうど京都の関連の本を読んでらっしゃるのですね。
角屋、そして輪違屋、それぞれが歴史舞台であり、輪違屋さんに至っては、現役バリバリ、一見様お断りですから~
斎藤一さんも、普通に訪れていたのですから。
久坂玄瑞も角屋で語って、そして散っていったのですね。
いつもありがとうございます、京都編、長くなりそうですが、楽しんで頂けたら、幸です。
またぜひ遊びにいらして下さい。
[ 2017/02/28 08:05 ] [ 編集 ]
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