下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

京都 夢のまた夢 島原(弐)

京都駅から15分も歩いただろうか、
七条通りに島原への入口があった
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これが『大門通り』か、とことん狭い
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これが明治の牛乳ポストか?
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この後、色町・花街周辺にはこの造りの建物に頻繁に出逢った
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細い道と
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古い建物が続く
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喫茶店『詩織』さん、何十年続けてらっしゃるの?
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そして、黒い黒い門が私の目に飛び込んできた
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『島原大門』
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1640年、幕府公認の遊女街としてスタートをする
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昔はこの字だったんだ
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今も現役の茶屋もあるという

ここがその通り、あっさりとしたものだ
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長崎ではなく、京都の島原、地名のいわれは、
この幕府公認の色町が作られる際、
非常に慌しく、その様を見て、当時発生した『島原の乱』のようだとして
『島原』と呼ばれるようになったという

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