下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

太田 時の流れ 過ぎし日々④

この街は都会なのか田舎なのか解らなくなります。
前の記事の病院の脇にありました。
170131-130929-大田2017 (191)_R
色町残照
170131-131001-大田2017 (195)_R
地名で言うと「本町」
170131-131030-大田2017 (199)_R
170131-131148-大田2017 (215)_R
なんという名の料亭、いえ、お店だったのかしら
170131-131100-大田2017 (206)_R
知りたかろう、けれど忘れられたのだろう
関連記事
こんにちは(^-^
数字とのにらめっことの間にお邪魔しました。

旅した気分で、気分転換出来ました。

古い建物ですのに、こうして残っているのを見ると
日本の技術の素晴らしさや細やかさを通関しますね。

こういう中での暮らしを思うと胸がキュンキュンしてしまいます。

またお邪魔させて頂きます。
お身体ご自愛くださいね~(^_-)-☆
[ 2017/02/15 12:38 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは(^-^
おはようございます、ぱんぷきん母さん、コメント下さりありがとうございます。
数字とにらめっこですか~
お話したかどうか、私の沼田町の実家も、小さなスーパーをやっていて、父が時々数字とにらめっこしていました。
商売は面白くて、大変なんでしょうね。
そうですね、こうして美しい姿で残されているのは、作られた当時、しっかりとした大工さんが丁寧に作り上げたということなんでしょうね。北海道の歴史地区とはまた違った風情があります。
そうですね、歴史的建築物に住むと、暑い寒いは大変でしょうし、建て替えしようにも惜しむ声も出るでしょうし、いろいろあるんでしょうね。
私も時折住んでいる方の気持ちを考えたりします。
雪祭りはあっという間に終わりましたね。いつかまた行きたいものです。
またぜひ遊びにいらして下さい。

[ 2017/02/16 09:21 ] [ 編集 ]
京都の旧・橋本遊郭の風致地区の写真あり
小僧さま
 無沙汰しております。何時に変わらず、精力的な撮影行脚、お疲れ様です。こちらはその昔、太田市内で紅灯を煌々と照らしていた歓楽街の名残でしょうか、かなり寂れているとは云え、昔の繁栄が偲ばれます。

 ところでネット上の某所に、京都市郊外の、旧・橋本遊郭跡の風致地区を撮影したサイトがあります。この遊郭は、芥川賞作家・古山高麗雄の随筆にも描かれており、嘗て一読しただけでは、戦争中の厭戦青年の苦悩を綴った随筆の妙味が今一つ判然とせず、腑に落ちないものがありました。
 しかし、各地で遊郭跡の写真や挿絵・紀行文などを眺め読み込むにつけ、当時の男達に取り、この歓楽施設が欠かせない役割を果たしていた事実が少しづつ呑み込めて来たものです。

 御関心あれば、以下の検索要素を貴殿の自己責任に於いて検索為さってみて下さい。保存状態も良好で、中々に風情のある「風致地区」であります。

[第二京都主義、旧橋本遊郭 その4]

 昔の遊郭跡地が、4回にも亘って特集されており、相当に中身の濃い写真です。また、この「第二京都主義」と云うサイトそれ自体が、中々に奥行きも深いサイトです。お元気で。
[ 2017/02/17 21:15 ] [ 編集 ]
随筆の題名は《名無しの権子の思い出》
kozoh55・小僧さま
 お早う御座います。
 昨日の投稿で言及しました「古山高麗雄の随筆の題名」を確認しましたので、勝手にお報せします。

【名無しの権子の思い出】
1974年6月、月刊誌《文藝春秋》に発表。その後、昭和文学全集第29巻(1988年2月、小学館発行)に収録。

 旧・橋本遊郭は、お報せしたサイトの写真集では綺麗に保存されています。ただ、その遊郭を描いた古山の随筆は戦時下の社会情況を踏まえ虚無殺伐たる内容で、小僧氏が投稿された「廃墟も同然の無機質の家屋」に連なるものが有ります。
 お元気で。
[ 2017/02/18 12:01 ] [ 編集 ]
Re: 京都の旧・橋本遊郭の風致地区の写真あり
お晩です、yozakuraさん、コメント下さりありがとうございます。
偶然でしょうか、橋本の遊郭跡につい数日前に訪れて
驚きの街並みと建物群を見ることが出来ました。
あんなふうに街並みが残されている場所って、あるものなんですね。
「第二京都主義」さんですが、ブログにたどり着けましたが、
理由は不明ですが、過去の記事を見に行けなくなってました。
後日、もう一度試してみます。
島原、五番町、枚方、橋本、中書島に行ってきました。
ほぼ何も残されてないところもありましたが、
私にはその全てが新鮮で、嬉しい出逢いの連続でした。
近く、アップいたしますので、またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2017/02/18 22:57 ] [ 編集 ]
いえ、私のPCからは鮮明に読めました
小僧さま
 お手紙を拝見しました。返信、有難う御座います。
 「過去記事が読めなくなっている」との件、大慌てにて先程、私のPCから「第二京都主義」のサイトを探索してみました。
 そうしますと、私のPCからは「旧・橋本遊郭、その1~」の4回分が全て鮮明に読めました。ネット上の通信環境がどう成っているのか、素人の私には不明です。しかし兎にも角にも、私のPCからは鮮明に読めました。
 まだ不具合が続く様でしたら、再度、こちらの投稿欄にてお報せ下さい。お願いします。その「第二京都主義」のサイトは、他にも興味深い報告が続き、無視するには一寸、勿体ない場所なのです。
 お元気で。
[ 2017/02/18 23:10 ] [ 編集 ]
Re: 随筆の題名は《名無しの権子の思い出》
yozakuraさんへ
貴重な情報ありがとうございます。

[ 2017/02/18 23:15 ] [ 編集 ]
Re: いえ、私のPCからは鮮明に読めました
yozakuraさんへ
コメントありがとうございます。
はい、別な検索方式でやってみると橋本遊郭1、橋本遊郭2というのに
出逢うことが出来ましたありがとううございます。
はい、ここに私も数日前に行ってまいりました。
実は、今回回りました京都周辺の旧色街としては、
一番往時の建物が残っている印象でした。
信じられません、そのまま残って、ただ、赤線時代のものは
無くなりつつあるなあという感じです。
なんとか、早々に記事をアップしますので、楽しみにしてくださいね。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2017/02/19 23:34 ] [ 編集 ]
再度の試行でも、過去記事は全て閲覧可能
小僧さま
 お早う御座います。返信を拝見しました。
 再度、ネット閲覧を敢行したところ、旧・橋本遊郭の1と2に漂着出来たとの由、何よりです。それならば、他の過去記事も全部読めることでしょう。
 委細は不明ですが、ネット周遊の閲覧ソフトの違いに依り、閲覧できるサイトと出来ないサイトが有るそうです。念の為、私も10分程前に試行しましたが、私のPC環境では例のサイトの過去記事も順調に閲覧出来ました。
 お元気で。
[ 2017/02/24 11:23 ] [ 編集 ]
Re: 再度の試行でも、過去記事は全て閲覧可能
おはようございます、Yozakuraさん、コメント下さりありがとうございます。
ご案内頂いたタイトルで検索したページでは、その先に行けなかったのですが
検索画面で更に先のページを検索すると、ヒットして、見ることが出来ました。
私はパソコンは詳しくなく、不思議な感じでしたね。
橋本、島原などの当時の姿を見れるというのは、凄い事ですよね。
洲崎パラダイス赤信号のDVDを買い、見てみた時、
洲崎の外側の飲み屋街がそのまま変わってないのを知り、驚いたことを
思い出しました。洲崎の中は映画には一度も出てこないことが不思議であり
どこかその世界をストレートに見せるのはタブーだったのかも知れません。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2017/02/25 09:55 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する