下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

5周年記念 色街残照

下町を歩いていたら、偶然色街に出逢い、
結果、色街追っかけになっていました。

今日のこの記事に出す写真の多くは、もう現存しません。
たった5年の間に、消えていったのです。

「洲崎」
東西線木場駅から東陽町方面に少し歩くと
「大門通り」と交差します、つまりここに遊郭・赤線の入口があったということです

お出迎えは、この飲み屋街
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ここ、昭和30年代からずっとこのままの姿

そして「大賀」もしくは「大賀楼」さん
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戦前までの姿をこれほどまでに残している建物に出逢ったことが無かった
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玄関廻りのタイル、これこそが色街残照
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けれど、この建物は残されていません。

{鳩の街」
住所で言うと、東向島にこの名の商店街があります。
今、この商店街を訪れる人は、この地に「色街」があったなど
誰も気づきません
けれど、この建物はこの街に存在しました
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これは裏口の姿、このガラスの美しい意匠
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何よりも、やっと見つけた「OFF LIMITS」という文字
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この英語の使われた意味は「米軍以外立入禁止」

いわゆる「赤線」が進駐軍向けの慰安施設として使われていた、名残り

もちろん、この建物も、もう存在しない
記憶のかけら、、か
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「玉ノ井」
関東大震災によって焼け出された浅草の色街の人々は、
新たな場所を求めて移転、行先の一つがこの「玉ノ井」でした。
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いつのまにか消えてしまった建物

ここは、どうだったろうか
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窓の細工が美しくて美しくて
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他にも残されていた「色街残照」
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横須賀かな

熱海はひたすら美しくて
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二子新地
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遊郭跡の建物でしょう
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川越は残してくれてました
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美しすぎんるんです
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懲りずに、これからも色街を探し続けます
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5周年おめでとうございます!
こんばんは~
谷中のスタートから、早や5年でしょうか?
歳を取ると、あっという間ですよね?←(一緒だと思いたいですっ^^)

検見川神社を調べたことでkozoh55さんとお知り合いになり
本当に良かったなぁって思っています。
色街は、洲崎などは全く知らなくて、先月学習してどっぷりと
洲崎の世界にハマっていました(笑)
今は、玉の井で、あの《濹東綺譚》少しづつ読んでいます。
kozoh55さんの記事を見なければ、絶対読まない本でした。
ありがとうございます。
ちょっとづつ、色街についての学習を続けたいです。
[ 2017/01/23 20:39 ] [ 編集 ]
Re: 5周年おめでとうございます!
お晩ですmasamiさん、コメントそして5周年への祝いの言葉を下さりありがとうございます。
はい、あっという間の5年でしたね。
そうでした、検見川、稲毛、あのあたりの関係でしたね。
色街に興味を感じてくれるなんて、嬉しいです。
昭和33年の売春禁止法以来、赤線はその歴史を終えました。
洲崎は東陽町になり、玉ノ井・寺島町は今や、東向島・墨田へと名を変えております。
鳩の街はそもそも色街自体が存在しなかった事になっている場所なんだろうなあと。
そうですか、「墨東東綺譚」を読まれているのですね。
物語に登場する病院の跡など、今も残されている場所がほんの少しありますね。
けれど、あの街は完全に玉ノ井としての姿を終えようとしております。
それは、仕方がない事なんでしょうね。
洲崎から吉原までの道がどうしてかほぼ1本の道として繋がっています。
「大門通り」です、通称「親不孝通り」。
そう、色街はそういった街であり、それでいいのでしょう。
またぜひ遊びにいいらしてください。

[ 2017/01/24 23:19 ] [ 編集 ]
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