下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

佐野 ラーメン・厄除け・さのまる⑤

行きましたよ、ちゃんと「佐野厄除け大師」
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来たからには、家族の厄除けをしてだいて
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正座を40分したら、へろへろになりました、って
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小学校の頃の読書感想文かなにかで読みました、
この「田中正造」さんの伝記。足尾銅山の公害を訴えて、明治天皇に直訴までした方。
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ご遺体の一部はこの地に眠っていたんですね。

気が付くと、もう夕方四時過ぎて、佐野は眠りの準備
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残酷にも思えるような建物に圧倒され

更に、非公開の洋館のパレードが始まる
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昭和初期建築「小島邸」

これは新しめの教会か
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「日本基督教団佐野教会」は昭和9年建築。
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そして、この建物
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「旧影澤医院」はなんと、明治44年。
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この施設を使用している「佐野市クリケット協会」の方が
建物内部も見せてくださった。
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いやー、補修は相当されていると思いますが、
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ほとんど建築当時そのままの姿ではないだろうか
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家具も
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佐野は、すごい、夜になると、更に凄くなった


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佐野って凄いですねぇ
時を刻んだ素敵な建物が一杯あるんですね
いつまでも遺って欲しいものです。
[ 2016/12/02 09:35 ] [ 編集 ]
Re: 植本多寿美さんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
佐野駅前の観光センターで街のパンフレットを探すと、
観光案内の方が「いい内容のが無いんですよね」と、、、
確かにわかりずらいものが1冊、
探してくれて最後にくださったのが、
「なるほどレトロ掘っこり さのまっぷ」でした。
そこには明治~昭和初期までのたくさん建物が紹介されていて
私の記事の建物はそこで紹介されていたものです。
古い病院が非常に印象が残ってます、「影澤病院」
明治時代にあれほどの建物が作られていたんですね~
けれど、紹介されていた建物のうち3カ所ほどは現存してませんでした。
時代の流れは、旅人にとっては残念な時もありますね。
またぜひ遊びにいらして下さい。
[ 2016/12/03 12:16 ] [ 編集 ]
こんばんは
>正座を40分したら、へろへろになりました、って

うふふ、厄もへろへろになって、いなくなると思うわ!
それにしても、夜の古い建物はまた風情がありますね
明治44年の病院の天井が...本当に歴史を感じます。

佐野の観光協会、もっと頑張って欲しいな(笑)
[ 2016/12/04 20:01 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
こんばんは、masamiさん、コメント下さりありがとうございます。
「楽な姿勢で結構です」と言われたんですが、そうは言ってもと正座崩しのような姿で御祓いを受けるのも滑稽なものです。(笑)立ってゆらゆらしてました。そうか、厄も一緒にへらへらになってくれたか~それはいいお話です。
影澤外科院、滞在時間10分、ご好意で見せてくださったので、得意の舐めまわすような見学は出来ませんでした、残念!
あれは関東地方を代表する明治時代の洋館でしょう。
佐野市は、佐野ラーメンという看板がありますが、街並みにあれほどレトロな建築物が並ぶ街並みも、同じくらい価値がありますね。佐野市頑張れ!レトロパンフ増刷なさって下さい。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/12/05 19:47 ] [ 編集 ]
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