下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

野田 時のかけら(2)

いつ
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営業を終えたのか
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商店街、商店街、
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流山街道沿いだけで8つの商店街がある
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野田一番街商店街
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懐かしい味わい、北海道では「おやき」と呼んでました。
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出来立てのマンションが商店街を覆って
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商店街は、、、
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昼食のタイミングを逃して、4時になって
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このお店で食事

街の中華屋さんに入ると、いつもオーダーは
「ラーメンとチャーハン、単品で!」
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今日はタンメンにしました。
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満腹、満腹

商店街のある通りを、歩く
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再び流山街道に出てみると、そこにミシン屋さん
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通りすがりのおばあちゃんが私に、「あの学校、古いのよ」と、
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「ああ、本当ですね」とお礼を言い、近づいてみると

本当に古い、煉瓦塀が見えてきた。校舎が昭和2年建築とのこと
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この煉瓦塀はもっと遡るかもしれない

お隣のミシン屋さんを除くと、ここも何か歴史ありな感じ
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「シンガー裁縫機械会社」の領収証、大正14年のもの。
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ミシンの初期のころから営業されていたんですね。
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今も丁寧に販売されている姿、感動しました、ありがとう
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商店街には栄枯盛衰はつきもの、
けれど、そのなかでも、残る人達、去る人達、悲喜こもごもです
丁寧に働くことの大切さを、少し理解をすることが出来た、
そんな気持ちで、この街を離れました。

もう一度、この街には来ます
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こんばんは。
町の中華食堂、チャーハンの米の輝きが素晴らしい!
小学校の煉瓦の入口もかなり歴史感がありますね。
[ 2016/10/25 23:17 ] [ 編集 ]
Re: ひろろろろさんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
朝からラーメンが食べたい気持ちです。(笑)
二代目でしょうか。40才位のご主人が丁寧に作って下さいました。本当、お米が光ってましたね。
私は小さい頃、冷えたお米から母さんが作ってくれたチャーハンの味が忘れられないので、チャーハンには特別な思い入れがあります。
商店街は目に見えてお店が減り、逆風が吹いているのかもしれません。だからこそ踏ん張ってほしいですね。
野田の小学校のレンガ、残してくれた事に感謝です。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/10/27 08:20 ] [ 編集 ]
こんばんは。
古き良き街並みや建物って残してもらいたいですね。
古びているけど、懐かしい感が素敵です。
ラーメンもチャーハンも美味しそうです。
ミシン屋さんってまだあるんですね。
[ 2016/10/29 21:19 ] [ 編集 ]
Re: 紗英さんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
お返事が遅くなりごめんなさい。
街にはまだまだ昔ながらの中華料理屋さんがあり、
ミシン屋さんも現役そのものでした。
どちらのお店もちゃんと手入れされていて
毎日お客様をお迎えしています。
野田は醤油以外でも、おせんべいも名物で
3カ所ぐらいで食べてもみました。
おっしゃる通りで、残して、生かし続けてほしいですね。
お宝いっぱいのこの街、素晴らしかったです。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2016/10/30 10:40 ] [ 編集 ]
野田は、まだまだ下町らしさが残るとこなんですねー

今川焼、北海道では「おやき」なんですか?
学校帰りに駅の近くで買ってましたねー
お店思い出しちゃったわ(笑)懐かしい!

小学校の煉瓦塀、本当に良く残っていましたよねぇ
ちょっと白っ茶けてる感が歴史を感じます。
そういえば29日に国府台の県血清研究所跡地に建つ
「赤レンガ建築物」の見学会があったんですよね~
一度見てみたいなとは思っているんですけど...
[ 2016/10/31 12:52 ] [ 編集 ]
Re: masamiさんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
おやきというと、あの信州のおやきを思い出しますよね。
でも、そうなんです、大判焼きという言葉を知ったのは仙台に出てきてからだと思います。
おやきも一緒です、学校帰りで買い食いしましたね。
野田は多分歴史を大切にする土壌があるのだと思います。
学校の煉瓦塀はその象徴でしょう。
今年じゃないんですけど、ブログの先輩が市川の煉瓦の建物を見学したと書いていました。
これまた私も行ってみたいものです。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/11/02 01:07 ] [ 編集 ]
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