下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

野田 亀甲萬城下町の今(4)

やはりこの建物が主役かもしれません。
旧醤油醸造家茂木佐平治邸 (現 野田市市民会館)
大正13年(1924年)建築。
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この施設の多くの部屋を、野田市民は利用できるのです
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凄い事だとおもいます

この厨房、
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ガスの使用はもちろんしてますが
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ガス以前の、釜、?が姿を残してくれている
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お金持ちの、大きな冷蔵庫
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これは、ここで働く人たちの「五右衛門風呂」
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kozoh55 さん
おはようございます。

竈(かまど)、懐かしいですね。
プロパンガスの前はかまどで煮炊きをしました。
防火上の問題から、かまどは土間に作ったものですが、
ここのは板の間に作ってあるのですね、さすが金持ちです。
[ 2016/10/23 10:31 ] [ 編集 ]
Re: おるごどんさんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
このかまどを見たとき、何か普通のかまどと違うなあと感じたんですが、
タイルがお洒落だよとか、そういうことでなくて、
普通は土間にあるものでしたよね~
目から鱗ですよ、おるごどんさん。
そうかあ、やっぱりとんでもないお金持ちだったんですね。
納得です、また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/10/23 23:40 ] [ 編集 ]
こんにちは
kozohさん、こんにちは。

水道の先っちょに取り付けられたモノ。
名称が思い出せないのですが。
蛇口を大きくひねると、水がぶわぶわじゅわじゅわと出てきて。
それが面白くて何度も蛇口をひねって遊んだ、伯父の家を思い出し。
しばしタイムスリップ。

ここを貸し出せてしまう信頼感って、すごいことだとおもうのです。

また遊びに来ます。
[ 2016/11/08 15:42 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは
お晩です、うづらさん。
コメント下さりありがとうございます。
ありましたねえ、そんな物が、細かい粒から水がじわっとと出てきて
あれは何のためのものなのか、、、
水道からの不純物を通さないようにするものだったのか、
それとも水道からストレートに水を出すと、
跳ね返りがひどいので、水勢を和らげるものだったのか、
両方だったのかもしれませんね。
たぶん、これは、今もホームセンターとか行くと
普通に売ってたりするかもしれません。
そうなんです、茂木さんも野田という街を信じていたんでしょうね。
そして今、野田市も住民達を神事で開放しているのでしょう。
すごいと思いました、私も。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2016/11/10 00:14 ] [ 編集 ]
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