下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

ただただ北海道 深川 母校のある街③

そうだ、この施設は「農場事務所」私の母さんは農家だったんだ。
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母さんの実家は、たぶんこんな立派な器具があるわけでなく
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いろんな事がで作業で行われていたんだと、思う
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私には正直に「家の農家の仕事の手伝いは体がきつくて、嫌だった」
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そういっていた。

その母さんに連れられて、1年に一回、母さんの実家に行くと
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母さんの母、ばあちゃんは私達十何人いる孫たちの為に、このあんかで温めてくれた
これは、兄弟3人の思い出

これは、なんだろう、ミシンの初期のものか?
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かあさんが子供たちの為に糸仕事をしてくれたのは、
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これの、もう少し古い感じだった、これは立派

そういえば、私の実家はミシン屋、キャンディー屋、そして最後が八百屋から
スーパーになったことを思い出した

この街の有力者としてのお屋敷としての建物
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それはこの洋風な階段や廊下の姿に
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垣間見ることができます
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和室もまた正統派の姿
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この「鷲田ご夫妻」が一から切り開かれた
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ものなんでしょう、ご夫妻に感謝

帰り際に見つけたもの
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ああ、私は、3兄弟はこのお弁当箱に、
遠足のお弁当を入れてもらっていたのだ

ただただ北海道、港町「留萌」、炭鉱の「夕張」そして「マッサン」余市へと続きます
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いらしてたのですね。。。
忙しく、お邪魔出来ずにおりました。

来て驚きました。
な・な・なんと北海道!!!

留萌楽しみにしております。
[ 2016/09/13 17:24 ] [ 編集 ]
Re: いらしてたのですね。。。
お晩です、パンプキン母さん、コメント下さりありがとうございます。
行ってましたよ~2日~6日まで。
小さいころあまり出かけられなかった私は、北海道をあまり知らないんです。
だからこそ、好きです、幌内、小樽、タウシュベツ、
今回はどこか地味目の場所を梯子してみました。
留萌、今日1話目をアップ、続きはあるのかしら。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2016/09/14 00:35 ] [ 編集 ]
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