下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横濱 あこがれ②

横浜駅西口から10分も歩くと、ごく普通の住宅街が広がる
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静か、静かだ
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江戸末期、異国に開かれた横浜は村から国際港湾都市に変貌する
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けれど、その最初の発展の跡すらここでは見つけられませんでした
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横浜水天宮平沼神社にて

「戸部」から「野毛」に向かって歩いてみます
この辺りが最初に開かれていった横浜、
山手・根岸がフランス人・イギリス人により開かれ
この地には官庁や日本の商人屋敷が開いたそうです
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いやあ、私には下町としての
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愛らしさしか
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感じることが出来ませんでしたけど

公衆浴場「松島館」、この建物に出逢っただけで、
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横浜に来た甲斐がありました
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このタイルの下の部分、戦前の建物によくみられる、「あれ」でしたよ。
「あれ」とはスクラッチタイルと言うらしい。

看板建築が軒を連ねるのはもう珍しい時代
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歴史ある県営、市営住宅だろうか、どこか、神々しかった
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なんでもない風景が、素敵だと感じさせる
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横浜は魔法の街だ
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こんばんは
新幹線のドアの向こうに立っているであろう父に背中を向けたまま上京。
初めてひとり暮らしをしたのがこちら、戸部でした。
いつも行ってる銭湯が工事か何かで休業したとき、探しに探したのが『松島館』さん。三度ばかりお邪魔したでしょうか。
そして。
もう転居しておりましたが。
息子をお腹に授かったとき、安産祈願に伺った『平沼神社』

野毛、伊勢佐木町、横浜橋。
きっとどちらかですれ違っている気がするのです。
そんな感じ、嫌いじゃないんです。

米沢に続きヨコハマとは、やってくださるではナイデスカkozohさん。

また遊びにきちゃお(笑)。
[ 2016/08/29 23:19 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
お晩ですうづらさん、コメント下さりありがとうございます。
そうでしたか、戸部で一人暮らしの第一歩を踏み出されたのですね。
戸部、あの下町な風情に惚れてしまったkozoh55です。
松島屋さんも何度か行かれたのですね。
世の中、特に日本はほんと狭い、
私は一人暮らしの第一歩は東北、仙台の河原町というところでした。
北海道の人が東北に行き、東北の人が横浜に住まう。
平沼神社もですか~どこかにうづらさんの手垢が残っていたかも知れませんね~(笑)
それとも水天宮像のモデルはうづらさんだったとか。
そうですよね、すれ違っても、誰だかは分からないで、
出逢いとなることなく、時が重なり合っては離れていく
そんなもんなんでしょうね。
またぜひ遊びに来ちゃってください。私も遊びに行っちゃお。(笑)
[ 2016/08/31 01:00 ] [ 編集 ]
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