下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

足利 時をかける街並み④

平成2年に復元された「足利学校」は
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江戸中期の姿を忠実に再現
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そこに祭られる学問の神は「孔子」儒教の世界
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学校という言葉は「論語」に出てくるそうだが
日本で初めてこの言葉を「学ぶ場所」として使った「学校門」
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足利学校の創建は、奈良時代から室町時代まで様々な説があるが
室町末期には「学徒三千」と言われるほど、盛況であったという
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江戸時代の消火ポンプ?
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日本最古の学校がそこに残されていた
そして、そのお隣には国宝「鑁阿寺(ばんなじ)」、参道には
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時をかける街並みが続く
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「茂右衛門蔵」は安政5年建築
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昭和代表「松村写真館」
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明治代表の民家と蔵
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「松村記念館」は先日テレビで大々的に紹介されていた
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これだけのお宝参道があって、いいんですか?足利尊氏さん?
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いいんだよ、と声が聞こえた

トリはやっぱり「鑁阿寺」
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記事が、長くなってしまう
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こんばんは

足利にいらしたんですね。私は例の藤を見たあと、少し散策しました。8年ぐらい前に。足利学校と、お寺(名前忘れていたけれど、お写真を見て、「鑁阿寺」たぶん)、それから織姫神社に行きました。フラワーパークはなんせすごい人出でしたが、藤は圧巻でした。記事を拝見して、私が行ったのはいわゆる観光コースだけだとわかりました(笑)もっといろいろ見に行けばよかった!Kozoh様の記事が先に出ていれば.....いいところですよね、足利は!
[ 2016/07/26 21:17 ] [ 編集 ]
Re:Sapphireさんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
いえ、普通の方なら藤の旬な時期に足利を訪れるのでしょう。
足利学校を訪問し鑁阿寺を参拝します。
東映跡のひっそりとした姿を眺めて、雪輪町をしみじみと歩く
kozoh55の趣味そのもの。
そう思うと、つくづく足利は奥の深い街、再訪を誓う気持ちでいっぱいになりました。

ええ、織姫神社にも行きましたし、写真もいっぱい撮りましたから、、、
ただ、記事には残せませんでした(笑)

いつもありがとうございます、また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/07/27 22:32 ] [ 編集 ]
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