下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

中山道旅情 高崎宿③

ここからがkozoh55らしい記事なのかもしれません。

高崎には現在の駅周辺のヤマダ電機や高島屋があるあたりとは少し離れた所に
中心街があったのです。
柳川町、
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そして高崎中央銀座商店街
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今やシャッター通りに見えてしまうのは、日曜日だからでしょうか
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この辺りなどは寂しげであり、懐かしいものがありますね
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歴史ある商店街には映画館が付き物「オリオン座」さんは
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現役でないのかもしれない
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後ろ姿の迫力に圧倒される
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中に入りたかったな
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そして「高崎電気館ビル」1913年開館。
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この街の娯楽の中心として走り続けてきたが、2001年に閉館。
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現在は「高崎市地域活性化センター」となり、
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映画上映も復活
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残してくださってありがとう、そう一言言いたくなる
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昭和30年代、私の故郷の近く、旭川の映画館って、こんな風だったかもしれない。
父が珍しく子供達3人を連れて映画を見に行った。
たぶん、寅さんの「男はつらいよ」を見たのだろう、姉が言っていた。

この日は若尾文子の作品や地獄の黙示録を上映していた、、、
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わぉ!kozoh55節炸裂ですね〜(笑)

いいです〜
いいです〜
この何とも言えない味わい深さ、、、

「本日はご来場ありがとうございました」のあとに「劇場は2階へ」という写真を持ってくるのにもセンスを感じます〜♪素敵です〜
[ 2016/06/11 09:44 ] [ 編集 ]
Re: ちまちま子さんへ
コメント下さりありがとうございます。
実は高崎市内滞在時間は約2時間、
あまり全体像を理解できずに終わってます。
そんな中でこの高崎電気館の存在が、
物語が湧いてくる場所でした。
映画館は戦前、戦後どちらも晴れの場所だったんですね。
そういえば、私自身高校3年発のデートで
映画を見たのを思い出しました。(笑)
あの受付の雰囲気いいですね~
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/06/11 13:25 ] [ 編集 ]
こんばんは
高崎中央銀座商店街の入り口の看板がモダンですねー
と、中に入るとひっそりした感じがちょっと寂しいかな...
ひとっこひとりいなくて...

高崎電気館ビル、賑やかだった時代には若者たちが(笑)
楽しい思い出もたくさんあったのでしょうね?

>そういえば、私自身高校3年発のデートで
映画を見たのを思い出しました。(笑)

うふふ、何の映画だったのでしょ?邦画?洋画?
いぇいぇノーコメントでもいいですよ(笑)
[ 2016/06/23 21:23 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
こんにちはmasamiさん、コメントくださりありがとうございます。あの巨大看板は迫力ありましたね~。何しろ銀座ですから、私達の両親の世代のデートスポット、高崎から更に地方から来た人達にとって憧れでもあったのでしょう。うーん、旭川での初デートで見た映画、サスペンス物だったような、ロバートレッドフォードの「ブルベイカー」だと。ええ、中身より、となりの座席に座っていた彼女の横顔しか覚えてません。
[ 2016/06/25 17:29 ] [ 編集 ]
映画の看板「ここに泉あり」が、如何にも高崎らしい
Kozoh55様
 歴史ある映画館の内部、客席の片隅に残されている看板が懐かしいですね。
 「ここに泉あり」とは、群馬交響楽団設立の経緯を綴った映画で、現在とは異なり、向上心に満ちた真摯な生き方が尊ばれた敗戦直後の社会的気風が齎した、一大文化運動を描いた映画でした。

 恐らく、その映画館にとっても記念樹的な上映作品でしょう。良いものを見せて貰いました。お元気で。 
[ 2016/07/03 15:26 ] [ 編集 ]
Re: 映画の看板「ここに泉あり」が、如何にも高崎らしい
いや~ありがとうございます、席の脇の看板にそんなドラマがあったのですね。
確かに「高崎の不朽の名作」と書かれてますね~
昭和30年代、まだ日本は戦後が続いていて、みんな生真面目に生きていて、こういった作品も沢山作られていたのですね。
昭和30年公開ですから、何かある度に再上映されたの 、看板が美しく残されています。
いつもあまり詳しい内容を掲載しない私のブログ、見にきて下さった方からの情報、ありがたいです、これからもお声をかけて下さい。
[ 2016/07/04 20:04 ] [ 編集 ]
7月3日午後の投稿「ここに泉あり」は私です
kozoh55様
 今週の7月3日(日曜日)午後3時過ぎの投稿「ここに泉あり」の看板の感想は、私が送信したものです。多分、投稿元のIT プロトコルのアドレスで確認出来るかと思います。
 当日は忙しくて、筆名の記入を失念して仕舞いました。失礼しました。お元気で。
[ 2016/07/06 20:43 ] [ 編集 ]
Re: 7月3日午後の投稿「ここに泉あり」は私です
おはようございます、yozakuraさん。コメントくださりありがとうございます。yozakuraさんかなという感じはしておりましたが、念のために返信はお名前を入れませんでした。
多方面への情報をお持ちで、凄い事です。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/07/07 07:32 ] [ 編集 ]
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