下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

迷宮との出逢い 狭山不動尊③

戦前、増上寺の脇、今のプリンスタワーのあたりだろうか、
2代将軍徳川秀忠の霊廟がそれはそれは荘厳な姿で鎮座していたのですが、
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東京大空襲で灰塵となってしまう
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その中でも戦災から逃れた建物のいくつかが、
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昭和50年頃、増上寺と親しかった西武の総帥、堤義明氏が勅額門」「丁子門」を入手して、
この「狭山不動尊」に集めた

これらの燈籠は増上寺からこの地に運ばれたもの
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「清揚院」は誰か?徳川家光の三男「徳川綱重」
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「弁天堂」井伊直孝ゆかりの建物もこちらに収められている
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「多宝塔」
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桃山時代の建物がさりげなく、飾られている

想像にすぎませんが、西武はこの地を横浜の三渓園のようにしたかったのだと感じました。
保護も充分でない国のお宝達をこちらに集め、大切に補修・保存をして、
一般の人にも公開していきたい、

結果どうなっているかはコメントできませんが、
ただ、大変貴重なものがさらりと置かれ、その全てが
当時の人々の声か聞こえだしそうな、
歴史を背負ったものばかりだと、私にも理解できました
有り難い出逢いです
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こんばんは
こちらから、所沢は遠いですよね(笑)

西武の堤さん、プリンスホテルを造るのに
オトナの事情があったのかと思われますが...
こう移築して保存してくれたのは嬉しいこと。

あまり見学する人がいなかったのでしょうか?
[ 2016/06/05 20:40 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
おばんですmasamiさん、コメント下さりありがとうございます。
そうですね、知る人ぞ知る、知らないとずっと知らない、
そんな場所、狭山不動尊。
訪問する人はまばらで、空いてて良かった、そんな感じ。
そのため、個別の建物を見ると、考えられないほどの文化財であることに
驚いてしまう人が多いのではないだろうか。
お江ゆかりの門がなぜここに、、、
そうですね、西武グループが残してくれたから、こうして拝むことが出来るのですから 。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/06/07 00:22 ] [ 編集 ]
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