下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

金町 公園に包まれた幸せ④

水元公園の終着点、いや、スタートかもしれない
古い橋が姿を現す
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「閘門橋」(こうもんばし)
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なぜここにこんな古い橋があるのだろう
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わかっているのは都内で唯一の煉瓦造りのアーチ橋だということ
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本当に煉瓦だ
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なんだこの像は、、、、、
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「正式名称「二郷半領猿股閘門」
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現在は人が利用する橋となっているが、もともとは、吉川から水元公園に注がれる用水があり
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その用水の水量を調節する施設だったようだ。
この人たちは、この像は後世に造られたもので、こうして水量調整作業をしていたということが、
よくわかった。いやいや、よくわからない、が、面白い!

他にもいろんなオブジェがここには置かれていた
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美しい姿にうっとり
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これは、インカ帝国か?なわけない、調べると面白そう
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そして静かにこの日の旅は終わりを告げた
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このニコンのカメラで撮らないと、実は真っ暗な街並み
カメラから映し出される姿はもう、人間の目を超えてしまっている

いかがだったでしょうか、金町・水元公園
案外というか、水元公園の風景・風情でかなり満足していたのに、
この閘門橋を見て、度肝を抜かれましたよ
こんな史跡と言える建築物がひっそりとそこにある不思議
見たことないものと出逢えた幸せ
そんな感じでした
訪問くださった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55
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kozoh55 さん
おはようございます。

川面にはとうてい届かない長さの鳶口で、左右に二人ですから、落とし込みの堰板を引き上げていたものと思われます。近所の用水でも水を分流させる為に板を入れて水面の高さを調整しています。
他に簀巻きにしたドザエモンを引き上げるとか? 流木を引き上げるとかも考えられますがv-8
勝手な想像ですが、「なんでやろ」と考えることは楽しいです。
[ 2016/03/13 10:51 ] [ 編集 ]
煉瓦構造物は味わい深いですね~
そして二人の像がとてもお洒落
セピア色が一層雰囲気を醸し出していますね。
[ 2016/03/13 11:01 ] [ 編集 ]
Re: おるごどんさんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
この記事をおるごどんさんに読んでもらった幸せです。
なぜ?これはなあに?そう考えると答が導き出されたりしますね。
ドザエモンはともかく、落とし込みの板を上げたり下げたりしたのでしょう
町にはまだまだふしぎちゃんがいっぱいいっぱいありますね。
またお邪魔します、おるごどんさん 。
[ 2016/03/14 00:35 ] [ 編集 ]
Re: 橋本多寿美さんへ
おばんです、いつもコメント下さりありがとうございます。
最近珍しく(笑)仕事が忙しくて、 街歩きが午後からになったりします。
この日も金町到着が昼の2時。
この橋に着いたのが五時半過ぎ、
それが幸いしてセピア色の町並みとの出会いとなり
夜に行けた幸せとなったのです。
あの二人の像の存在がいまも心の中に残ってます。
出逢えた幸せはこのことですね。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/03/14 00:47 ] [ 編集 ]
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