下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

日光御成街道 川口宿の面影③

川口の最古参の商店街も、現在の主役は駅周辺へと移り変わり
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寂し気な風情も感じられるものの
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路地の先には大名屋敷の門を移設したかのような迫力があり
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どうでしょう、この姿
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美しさといったら
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川口と言えば、江戸時代から続く「鋳物」工場、キューポラのある街、
そんな印象からすると、
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こういった、工場(こうば)がたくさんあるイメージで
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「株式会社長瀬留十郎工場」創業明治4年。まさに鋳物屋さんだった。

蔵も、この古い商店街に寄り添っていました
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君は、川口が似合う?似合わない?
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はいはい、余計なお世話でしたね。
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こんばんは
日本家屋もずいぶん立派なのが多いんですね。

「鋳物の街 川口」として全国的に有名に...
明治からの「株式会社長瀬留十郎工場」
今でも、しっかり川口の老舗として残ってるのはすごいですねぇ
[ 2016/02/22 21:15 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
masamiさんへ
コメント下さりありがとうございます。
どうもこの街は、「長瀬」さんという名前が
キーワードなのかもしれません。
この日光御成街道沿いでその名の表札をたくさんお見かけし、
川口宿本陣は「長瀬」さんのお屋敷だった。
街には歴史と伝統がつながっているものなのでしょうね。
今回紹介していさんのる「旧鋳物問屋 鍋平別邸」の購入を川口市が決めた際の市長さんも
「長瀬」さんのだったそうですから。
[ 2016/02/24 06:29 ] [ 編集 ]
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