下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

大山道RESPECT 世田谷巡礼①

三軒茶屋のこの道標で大山道は二股に分かれる、
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その一方は世田谷へ、もう一方は駒沢、桜新町を経て、用賀で合流

今回はその両方を一日でぐるっと回ろうというアイディア、歩くの好きなもので、
まずは世田谷へ
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商店街のアーケードがずっと続くこの道は「世田谷通り」とも呼ばれるが
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実のところ「大山道」
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だから、着物の染物屋さんがあり
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お茶屋さんがあるのでしょう
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ここは、元料亭ではなかったか、そんな風情
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ちょっと路地に入ったところで出会った「駒留八幡神社」
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気品に満ちた姿と
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まるで浮世絵のような風情がそこに、、
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「常磐橋」いったいどこにこの橋はあったのだろう
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右手にはあの「松陰神社」に通ずる商店街が見えてきて、
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大山道は左に曲がる、そう、この道は
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12月と1月にこの地で開かれるボロ市の舞台
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この通りが所狭しと、中古市と人の洪水になるボロ市、江戸時代から続くもの

そうだ、ボロ市の名物はお餅だった
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大山道は、世田谷というこの街を作ったのだろう

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おはようございます
三軒茶屋は、上京したころを思い出し。
世田谷線に乗るお金を節約して、てくてくてく
世田谷線の音を聞きながら、てくてくてく。
銭湯前には体格のいい大学生が、わやわやわや。
深夜に入るラーメン屋さんでずぞぞぞぞ。
ボロ市行ってうろうろうろ。

こちらも、大山につながるのですね、楽しみです。
大山計画はもうすこし暖かくなってからになっております、あたたかいお返事いただきましてありがとうございます。

kozohさん、また遊びにきます。
[ 2016/02/04 09:20 ] [ 編集 ]
Re: おはようございます
そうですか、うづらさん、このあたりをてくてくてくと
歩いていたのですね。
世田谷線の電車の音であれば、優しかった事でしょう
あれは、都電ですね、荒川にあるような、
そして長崎にもあったような。
学生さんが当時はごろごろごろと銭湯に出没したのでしょうね。
わやわやわや、って、面白い言葉を使いますね~
学生、今だっていっぱいですもの
のしのしのし、と
三軒茶屋には有名な銭湯がいくつもいくつもあって
うづらもご存じかもしれませんね。
暖かくなったら、大山道終点への旅、是非記事になさって下さい
途中でべそかいて、リタイアしたら、
しっかりと笑って差し上げます。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2016/02/04 23:21 ] [ 編集 ]
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