下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

大山道RESPECT 道玄坂恋し

大山阿夫利神社は「おおやまあふりじんじゃ」と読みます
あふり?あめふり?雨乞い、、なんでしょうね

右に控えるは表参道
大山道 赤坂 (239)_R
そして更に、「子供の城」
大山道 赤坂 (261)_R

岡本太郎さんは、実は大山道と縁が深い
そのことは、「二子新地編」にて紹介します
大山道 赤坂 (258)_R

気が付くと、「宮益坂」
大山道 赤坂 (269)_R
そう、渋谷です
大山道 赤坂 (307)_R

「道玄坂」もちろん大山道にあります
大山道 赤坂 (321)_R
大山道 赤坂 (323)_R
飲み屋街に面した「道玄坂百軒店商店街」
大山道 赤坂 (332)_R
この駐車場にあった長屋看板建築も大山道沿いだったとは
大山道 赤坂 (334)_R
こうして見てみると、ただの国道246号線と上には首都高速3号線
大山道 赤坂 (358)_R
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こんばんは
「こどもの城」から宮益坂までむか~し歩いたことありましたねー
国学院に近くに親戚のお墓があってお参りにし...
そういう用事がないと出掛けなかったものだから(笑)

道玄坂も大山道にあったんですか~。今の青山通りがそうなんだ...
109や道玄坂百軒店商店街の賑わいを見るとなんだか不思議...
江戸時代に日照りなどに困った農民の方達が
大山阿夫利神社に向けて参詣に歩いていたこと...
タイムスリップして今の姿見たらびっくりするだろうなぁって思いました。

Nationalの看板が目立っていた長屋看板建築。
レンガ風でステキでしたものね。
[ 2016/01/12 20:49 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
おばんですmasamiさん、コメント下さりありがとうございます。
こどもの国の壁の不思議さには、いつも見惚れてしまいます。
そうなんです、道玄坂も、ある意味、ハチ公も、もしかしたら、
駒沢の給水塔も大山道に引き寄せられたのかもしれませんね。
世田谷のボロ市だって、、、
藁をもつかむ思いで雨乞いをしに大山道へ祈りの旅をした時代、
次第に観光化され、大山詣でを終えて、平塚、鎌倉、江ノ島を
巡った時代、それはそれであこがれたんでしょうね。
それはそれで素晴らしい事ですね。
江戸より西の文化を作った、それが大山阿夫利神社、
大山信仰になったのでしょう。
長屋看板建築、忘れられないですね。

[ 2016/01/14 00:02 ] [ 編集 ]
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