下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

長崎 浦上天主堂 苦難の歴史

先日、「母と暮らせば」という映画を見る、
そこには、今の美しい姿の長崎に起きた苦難の姿が描かれていました。
特に、浦上天主堂の崩壊しきった姿

あまりやらないのですが、「長崎」の記事に追加をしてみます
長崎4_R
人が一瞬のうちに消えてしまうということが
長崎 (2)_R
実際に起きたのです
長崎 (3)_R
逆さになった十字架、そんな風にもみえます
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>逆さになった十字架
心に刺さる一言です。
[ 2015/12/25 09:57 ] [ 編集 ]
Re: 植本多寿美さんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
長崎に原爆が落とされて、けれど、グラバー邸やリンガー邸
どこも明治時代からの建物として残っているのです。
原爆の影響は無かったのかしら、それが私の疑問でした。
市街地はそれほど広くありませんでしたし。
答えは起伏に富んだ地形が守ってくれたようです。
広島のように平坦な場所ではなかったのが、少し影響を少なくしてくれた。
けれど、この浦上天主堂の朽ちた姿を見ると
どれほどの爆発だったかが、わかってきます。
人が一瞬のうちに溶けてしまったのでしょう。
落ちないで上空で爆破した、原爆。
長崎にはもう一度訪れたいです。
まだ早いですが、今年1年大変お世話になりました。
またぜひ来年もいらしてくださいね。
[ 2015/12/26 01:54 ] [ 編集 ]
こんばんは
広島のような平地でなかったのが、被害を少なくしてくれたんですね...

でもでも、それでもたくさんの方がお亡くなりになったことを
いつまでも、忘れていけないなぁと改めて思いました。
[ 2015/12/27 20:14 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
masamiさんへ。何故グラバー邸は当時の建物が残されているのか、
不思議だったのですが、今回の旅でその答えを得ることは出来ましたが、
それは悲しい出来事の一端を知ることになりました。
爆心地での恐ろしい出来事は、風化してはいけない日本人の記憶なのですね。
「知る」というスタートに立てたことに感謝の気持ちです。
再訪問を楽しみにいたします。
[ 2015/12/28 09:26 ] [ 編集 ]
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