下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

親不孝通り 洲崎発 終点吉原①

半月ほど前に、学生時代の友人が米沢からこちらに上京して、
一緒に門前仲町の「辰巳新道」で飲んだ時、
地元のタクシーのベテラン運転手さんと話していたら、
「ああ、洲崎(すさき)ねえ、よく知っているよ、洲崎大門という大きな門があってね」
「あの洲崎大門からの通り、ずっとまっすぐ歩くと、吉原に繋がっているんですよ」

へえ~、と私、そんなことを考えもしなかったし、繋がっていたのか?ありえるなあ、と
「親不孝通りって言われてたんですよ、あの通り」
親不孝通り、って、そうか、横浜黄金町以外でもそう呼ばれる場所があったとは、
知らなかった。

ということで、「親不孝通り」歩いてみることにしました。
なんでそこまで?何かあるの?って、、
いや~洒落でしょう、期待しないでください。

そう過去写真ですが、ここに「洲崎大門」はあったのですね
洲崎 (111)_R
大門をくぐると、戦前は遊郭、戦後は赤線全盛の街
この建物が最後の「遺構」でしたが、今はもうありません
洲崎パラダイス (18)_R
今も残されれいるのは、大門脇の飲み屋さん街と
洲崎201510 (7)_R
「遊園」の文字
洲崎201510 (109)_R
この通りの「大門通り」という名前
洲崎 (130)_R
吉原方向を向くと、商店街があります
大門通り (87)_R
当然、下駄が売ってますよ
大門通り (88)_R
あの有名な(知らない)「そろばん学院」あり
大門通り (59)_R
下町には元気なお茶屋さんが残っているものです
大門通り (67)_R
そして、お肉屋さんも、残ってます、繁盛してます
大門通り (68)_R
「柳精肉店さん」その場で揚げてくれたんです
大門通り (75)_R
「はぐ、ほぐ、ほふっつ」って感じでした

もう一店舗に出会えるなんて
大門通り (93)_R
このハムカツ、ハムが柔らかかったな、ハムカツ嬉し、美味し
大門通り (99)_R

さあ、北へ歩こう、「親不孝通り」を
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こんばんは
こちらから、歩いてって!?
だ、だいぶ歩かれたんじゃないですか?

あーメンチ&ハムカツいいですね~
パンに挟みたいです(笑)
[ 2015/12/27 20:32 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
masamiさんへ。いや~そんな距離でもないです。実は2日かけてますし、初日は東陽町から錦糸町経由で押上まで、2日目は
押上から浅草、吉原、最後に三ノ輪駅にて家に帰りました。
メンチカツやハムカツを食べたら、いっぱい元気がでたのですね。パンに挟むとまた美味しくなるのですね。
[ 2015/12/29 00:22 ] [ 編集 ]
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