下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

東陽町 洲崎パラダイスの終焉

見つけられないものがある。探しても、探しても、

洲崎201510 (7)_R
確かに「洲崎パラダイス赤信号」という映画に、この場所は登場する
洲崎201510 (10)_R

「洲崎神社」
洲崎201510 (40)_R
本来この辺りは海岸線で、風光明媚な観光地だったらしい
洲崎201510 (49)_R

寛政3年に発生した高潮により、洲崎の地の方々はことごとく亡くなられた
洲崎201510 (53)_R
波除碑として幕府が建て、そして関東大震災、戦災によって
背も低くなり、碑文も解読不能に、

住宅街の一角の突然広い道路があるのは、不思議?
洲崎201510 (98)_R
「遊園」とは、、、
洲崎201510 (109)_R
料亭だろうか、ここは以前の「大門」そば
洲崎201510 (151)_R
渋い都営住宅の脇
洲崎201510 (141)_R
公園と一緒にそれはありました
洲崎201510 (132)_R
「洲崎遊郭」碑文
洲崎201510 (126)_R
住んでいる人だって、知る由もない
ただ、私ですら「洲崎」という今は無くなった地名が、
そこには彫られているのです
関連記事
すっかりマンション群になりましたよね
やはり道路が広いので建て直しですよね
玉の井とは違いますね
[ 2015/10/27 21:34 ] [ 編集 ]
Re: ゆきゆきさんへ
おばんです、コメントくださりありがとうございます。
ぶっちゃけ、これは私からゆきゆきさんへのレターまな記事です。
ゆきゆきさんのブログを見ていくうちに、また行きたくなったのです。
結果は「終焉」という記事になってしましました。
最後のあの碑文が、すべてですね、
未来永劫残されるかもしれないのは、あれだけでしょう
それはそれで、いいのでしょうね、もう懐かしむ人すら
少なくなっているのでしょうから。
売春防止法が施行されてから、もう60年ちかくなるのですから
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/10/28 01:11 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する