下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

見届けられた幸せ No002 洲崎 旧大賀楼 

地下鉄東西線「木場」駅を降りて、ほんの少し千葉方面を歩くと、
右に坂があり、その先にあった「洲崎大門」、そう、洲崎遊郭の跡地。
洲崎 (111)_R
明治時代、根津遊郭が近くに東京大学が建てられたため、この「洲崎」に移転となった
洲崎 (130)_R
その名残が通り名として残されている

洲崎遊郭、戦後は洲崎パラダイスと呼ばれた赤線地帯は、
昭和33年の売春防止法の成立によって、役割を終える

が、つい数年前まで残されていた「色街残照」、2011年8月撮影
洲崎パラダイス (15)_R
「旧大賀楼」遊廓の中でもランクの高いお店だったようだ
洲崎パラダイス (18)_R
シンプルで上品な造りに、この蒼い空が良く似合った
洲崎パラダイス (20)_R
これほどまでに伝統的なタイル意匠は、もう見ることは出来ないかもしれない
洲崎パラダイス (21)_R
当時、そう感じた

案の定というか、この建物は東日本大震災の被害を受け、
2011年秋に解体、今はもう、どこにあったかすらわからないだろう

関連記事
こんにちは
洲崎は、すさき...。すざきって読んでしまったです(笑)

吉原は有名ですけど、ここも都内でも代表的な遊郭だったんですね
「洲崎パラダイス」!
歓楽街として夜には賑やかだったんだろうなぁ~

大賀楼、入り口のタイルの柱が素敵です。
もう現物はないけれど、こう見ることが出来て
良かったなって思います。
[ 2015/08/24 17:58 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは
おばんですmasamiさん、コメント下さりありがとうございます。
私も同じです、(笑)つい最近まで『すざき』と思ってました。
昭和33年の売春禁止法施行まで、東京の色街の中心の一つでした。
大門の先には華やかな世界があったのでしょうね。
大賀は上品な建物で最後の姿も気品が漂っていました。
中も見てみたかったですね。
今、須崎はもうパラダイスではなく住宅街として
過去の姿を失っていってます。
ここも、見届けられた幸せ。
[ 2015/08/25 22:53 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する