下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

時のかけら 川崎河港水門Ⅱ

水門の後ろの橋も同時期のものだろう
鶴見201507 (113)_R
前の記事の逆側から
鶴見201507 (120)_R
鶴見201507 (128)_R
基礎部分に煉瓦が見える、その姿がまた歴史を感じさせてくれる
鶴見201507 (124)_R
丸窓は上品の証
鶴見201507 (129)_R
私には舟の「舵」にも見えました
鶴見201507 (135)_R
水門部分、もちろん現役として動きますよ、現役ですから
鶴見201507 (150)_R
再び最初の位置から
鶴見201507 (153)_R
斜め後ろ姿なんて、どうでしょう。青い空がこの子にお似合いです
鶴見201507 (176)_R
真後ろからの姿は、電車からじゃないと見れませんね

女性的な姿の窓
鶴見201507 (188)_R

最後に、、、、

今回の記事を書くにあたって、触れようかどうかを迷ってたのですが
鶴見201507 (174)_R
有形文化財が望めて、ゆっくりと時を刻めるこの場所で
あの凄惨な事件は今年2月に起きていました
「川崎市中一男子生徒殺害事件」
鶴見201507 (173)_R

前の記事で後ろ姿が写真として残されて親子連れらしき二人、
お母さんはどこか祈るようにこの場所を見つめていて、、、

以前はたくさんの花束が置かれていたこの場所も今はこの看板のみが、
ポツリと置かれていました。

関連記事
川崎河港水門、俺も行く場所リストに入っていました。
それが、皮肉にもニュース映像で頻繁に出るようになり悪い意味で有名な場所、その象徴的なオブジェになってしまった気がしています。
事件は風化させない、という事も重要ですが、本来関係ない水門のモダンな姿。いつか見に行きたいと、今は思っています。
[ 2015/07/31 18:05 ] [ 編集 ]
Re: kshun10さんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
産業系の古い建物遺産を一緒に探している仲間として、
この場所に来るのは楽しみでした。
待ちに待ったその日、天候もまさに水門日和、
六郷水門よりも明るく華やかに描けると思って嬉しかったです。
けれどあの冒頭の母子の寂しげな姿と、
子供の小ささと、お母さんの肩幅の狭さを見て、
どうしてこんな場所で人が人を殺さなければならなかったのか、
殺した後、この水門を眺めたかもしれないと、
こんな時、kozoh55がいつも思うのは、決して他人事ではなくて
人間はどこまでも行くことが出来る生き物で、自分もその一人だという事です。
だからこそ、南千住の回向院に行った時、
「吉展ちゃん事件」の供養塔が、50年近く経った今でも残されているのですね。
そういう事を大切にしながら、このブログを続けて行きたいです。
いつもありがとうございます、またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/08/01 00:31 ] [ 編集 ]
こんにちは
水門が、こんなオサレとは(笑)
でも、フジツボって、あははっ
私は、カリフラワーみたいって思っちゃいました。

丸い窓も可愛らしいですねー

あの川崎の事件。
本当に痛ましいですよね...。まだこれからの人生。
13才という少年の未来を奪われたことを思うと...。
毎日のように人が殺される事件のニュースを聞くたび
(さっきまた25歳の女性が...)なぜ人が人を...と
いつもいつも考えてしまいます。
[ 2015/08/27 17:19 ] [ 編集 ]
Re: こんにちは
お晩です、masamiさん、コメント下さりありがとうございます。
この水門、オシャレでしょう、カリフラワー、そうですね
そんな風に見えるのが正解ですね。
ものすごく静かなところに佇んでいて、青空がほんとお似合いで
なんでしょう、真っ直ぐ前を見て生きている、そんな威風堂々とした
姿でした。

だからこそあの事件の舞台になったことは残念でしかたなく、
犯人はこの水門を見ながら事件を起こしていたのかもしれません。
人はどんなふうにもなれる、そう感じてしまう出来事ですね。
だからこそこの水門をこれからも大切にすることが、
大切なんでしょうね。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/08/28 02:46 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する