下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

小田原 ほいさっさ⑥

路地から再び東海道へ、
小田原201506 (427)_R
なんだろう、この風景、洋服店と酒屋さんが仲良く並んでいて、可愛い

かと思うと、「歴史あり」なパン屋さんに遭遇
小田原201506 (447)_R
店内のしみじみぶりと戦前モードに出会って
小田原201506 (453)_R
頂いちゃいました~「クリームパン」
小田原201506 (458)_R
また「食べ小僧」になってますよ
小田原201506 (461)_R
案外甘さが強くなくて素朴な味わい、おみやげに買って帰りたかったな

さて、お待たせしました、
小田原201506 (465)_R
「済生堂薬局小西本店」は寛永10年(1633年)創業、もう創業400年近く時をへて
小田原201506 (470)_R
大正14年に作られた姿を今に伝えてくれています。

驚きの店内
小田原201506 (474)_R
私が「店内の写真撮らせてもらっていいですか?」
ご主人があっさりと「いいですよ」
お店のご主人が一介の旅人の私に、丁寧に声をかけてくれた
「明治時代、薬の販売に関してのお役所は内務省だったのですね」

まるで「千と千尋の神隠し」の釜じいの部屋のようだ
小田原201506 (477)_R
店主さんのおじいさんが凝った方で、自分で持っている「欅の山」から
切りだした材木で作られ、総欅だそうだ。聞いたことがない。

大正時代の消防団と町の有力者達。そう、後ろに見えるのは、
小田原201506 (480)_R
この建物ではなく、関東大震災で崩れ去った明治時代の本店。
街の大変な有力者だったのですね。

知っている・知らない薬品メーカーのオンパレード
小田原201506 (497)_R
九州の日田に行った際、古い薬局に行ったけど、
小田原201506 (486)_R
こもまでのものには出会えませんでした。

道具たちはほぼ全て今も使用可能、現役なのだ
小田原201506 (502)_R
小田原201506 (511)_R
小田原201506 (510)_R
見てください、こすりすぎて、底が凹んでいるのです
小田原201506 (515)_R
どれだけの時を刻んできたのか、ここは当時も今も調剤場、
小田原201506 (488)_R
こんなガラス瓶は、もう作ることすらできませんね
小田原201506 (491)_R

最後にこの場所、
小田原201506 (517)_R
ご主人が一言、「この木で作られたものは、江戸時代まで遡ります」
小田原201506 (508)_R
「六神丸」は現在あの有名な「救心」の元となった薬で、今も作られている。

いっぱいいっぱい納得しました。ご主人、親切にして下さり、
本当にありがとうございます。
関連記事
おばんで〜す♪ kozoh55さん( ´ ▽ ` )ノ

外観だけは 馴染み深い建物ばかりです♬
でも… 小田原は 車で行くことが多くて〜
なかなか建物の中までは まだ入れてませ〜ん(ノ_<)
(車を停めにくい場所なんですよねぇ…) ^^;

建物の中に入れた気分になれて ありがたぁ〜いです(^人^)

薬屋さん やはり外観の期待感を裏切らない
素晴らしい店内ですねぇ〜!!(鼻血出しそうです)
壁一面の引き出し!!確かに釜じいの部屋にそっくり〜(笑)
[ 2015/06/27 22:26 ] [ 編集 ]
Re: shizuさんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
小田原は確かに城下町ならではで、道路狭いし一方通行も多かったですね。多分、戦災は受けなかったのでしょうね。小西本店さんでは、ハイ鼻血ものの驚きでした~外見はもちろんですが、店内をあそこまで残してくれたことに、感謝、感謝ですね。あの建物の向こうにはもっと古い蔵がつながっているらしいです。本当に感動モノですね。釜じいも。また是非遊びにいらしてください。
[ 2015/06/28 07:47 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する