下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

小田原 ほいさっさ⑤

今回の旅で一番行ってみたかった場所は、
国道一号線、そう、東海道沿いにありました。

「小田原宿なりわい交流館」は
小田原201506 (394)_R
昭和初期建築の旧網問屋さん。
冷たいお茶を無料で頂けるなんて、嬉しかったです。
ついつい、「江戸時代のいちばん繁盛していたのはどこだったんですか?」と、
御店の方に訊ねると、店内に貼られていた絵を見せてくれて、
小田原201506 (392)_R
「ここよ、ここ、目の前の道、東海道!」と教えて下さった。
なあんでだろう、
小田原201506 (322)_R
東海道の今、こんな地味な姿しか、写真に撮ってないなんて

「太い道より、裏手の方が小田原は魅力的よ」と駅のガイドさんの言葉を思い出し、
裏の「千度小路」へ
小田原201506 (336)_R
明治26年創業のかつお節専門店「籠常」さんは、老舗の中の老舗
小田原201506 (339)_R
どこか、フェルメールの絵画のようでした

これまた超老舗の「籠清」さん、
小田原201506 (341)_R
この店内の造りが、関東大震災後の当時、流行していたものだったそうです
小田原201506 (356)_R
神棚からして、ちょっと違いますね~
小田原201506 (363)_R
美味しそうな蒲鉾が勢ぞろいしていて
小田原201506 (367)_R
「ご主人、美味しさの違いが分かりやすいのを食べさせて」とkozohが言うと
どこにでもよくある「揚げ物」の味でわかりますよ
小田原201506 (347)_R
美味しいのは魚だけで作りますし、内は「ちぬ」という高級魚だけで
作ってますから」
小田原201506 (353)_R
「パクパク、ええっ!?」
なんておおげさじゃないのです、お魚の味と風味が口の周りにいっぱいになって
大満足でした~おみやげゲットです。ご主人、ありがとうございました。

さあ、次回は「お薬束?」の地へ
関連記事
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する