下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

ならまち 発掘!?奈良ホテル

日露戦争に戦勝した日本には、外国人客が急増。
それを受けた政府は、全国の主要ホテル・旅館経営者に
外国人宿泊設備の必要性を説き、同時に必要な保護特典を与えると発表。
奈良ホテルはそのことを受け、
「関西の迎賓館」として都ホテル創業者の「西村 仁兵衛」と奈良市、
そして現在のJRによって創明治42年(1909年)業されました。

その奈良ホテルは今、発掘ラッシュとなってます。何を発掘?って
だれが?いつ?
平成25年のリニューアル工事の際に、倉庫から出て来たんです、お宝が。
奈良100 (397)_R
大きな3本のスプーンに刻印された「NHL」は明治時代屈指のホテル
明治31年あのジョサイア・コンドル設計の「長﨑ホテル」のもの、
奈良100 (399)_R
奈良ホテルが開業した明治42年に長﨑ホテルは閉鎖され、
奈良ホテルに引き継がれていたんですね~

もう一つは、この窓ガラス、
奈良100 (484)_R
さりげなく、ホテルのバーの入り口わきに使用されてますが、
これも、リニューアルの際の倉庫整理発掘されたんですよ。

昨日紹介した金庫の前にいらした若いスタッフが、
「自分も一緒に倉庫整理していたんです、発見者の一人です」
と嬉しそうに、誇らしげにお話してくれました。
いやーほんと嬉しかったでしょう。

そんな奈良ホテルにkozoh夫婦はちゃっかり宿泊しちゃいました~
奈良100 (437)_R
創業時の姿がほぼそのままの「本館」ではなくて(↑↓は本館)
奈良100 (455)_R
新館でしたけど、、、

この可愛い欄干には由来があります
奈良100 (482)_R
金属ではなく陶製なのは、太平洋戦争の時、
金属の欄干を軍に拠出したからなんですね。

地元の有名な方による作品としてのこの欄干は、
今、奈良ホテル名物になってます。
確かに可愛いなあ
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こんばんは

ご無沙汰しております。奈良ホテル、泊まられたんですね!実は私も、2007年にここに泊りました。秋篠宮ご夫妻がちょうど宿泊された日で、翌朝、ご夫妻が奈良博の正倉院展にお出かけされるのをみんなで見送りました(笑)なつかしいなぁ!お写真を拝見して、また奈良に行きたくなりました。
[ 2015/05/26 21:20 ] [ 編集 ]
Re:Sapphireさん
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
そうですか~奈良ホテルお泊まりの先輩でしたか。
嬉しいです、なんとなく紹介しづらい感じもあって、
記事にするのが難しかったです。
それも秋篠宮様と一緒なんて、確かホテルでも写真を
飾ってありました。
皇室への思い入れがどうこうというのではなく、
私もその場にいたら、ちゃんとお見送りしたでしょうね。
奈良ホテル、記憶に残る宿でした。
[ 2015/05/27 19:37 ] [ 編集 ]
こんばんは
倉庫から見つかったお宝...
その時いた、若いスタッフさんの嬉しさが目に浮かぶようです(笑)

スプーンも100年たってるなんて保存状態がよかったのですね?
窓ガラスもモダンですよね~

>そんな奈良ホテルにkozoh夫婦はちゃっかり宿泊しちゃいました~
わーいいですねー♪
にゃお次郎くんはお留守番?(笑)
[ 2015/05/31 19:40 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
masamiさんへ。そうなんです、真面目そうな青年が本当に嬉しそうで、
大好きで就職した奈良ホテルで、歴史的な発見が出来た幸せって、
奈良ホテルの紋章とはちょっと違う長﨑ホテルの形に気が付いたとき
興奮したのでしょうね、超幸せ者でしょう。(笑)
スプーンを磨いたときに甦る輝きったら、
窓ガラスが発見ものだというのも感動です。
ちゃっかり宿泊、にゃおじろうは「お留守番」
一泊二日くらいだと、お食事多めにしてお留守番。
帰ってくると、ちゃんとふて腐れております。(笑)
またぜひ遊びにいらしてくださいね。
[ 2015/05/31 23:37 ] [ 編集 ]
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