下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

旧三崎町 路地と優しさと色街と(6)

「商店街から一本裏の路地に昔の色街があったみたいですよ」
港楽亭のご主人の有難い言葉に従って、1本、2本と裏の路地を歩いたけど
出会ったのは、かなり本格的な廃墟と
三崎町 (94)_R
放置された自転車と
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「しみじみ」な建物達でした、もちろん現役の
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ここが商店街の区切りの場所
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海に出てみると、夕暮れが始まりそうで
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kozohは諦めて、旅の始まりの「いづみや」さんの近くに戻って
金目鯛専門店「公海」さんで、「まぐろ串焼き」と
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「サイダー」を頬張ってました。美味しかったな。
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「色街の跡を探したかったんですけど、見つけられなかったんですよ」
「そうなんだ」とご主人、何か思い出している風で、
「いや、今も残っているよ、あの赤線防止法の前まであった色町の跡は、
北条地区って言うんだよ」と一言、時間にしてもう5時半だった。

そして走り走って、商店街の最後場所の先にある「北条地区」へ向かう
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凄い建物を通り越し、
「北条地区」はこの橋を渡った先、
三崎町 (705)_R
この川の向こうでもあります
三崎町 (723)_R

看板を見つける。「北条花街」がここにあったそうです
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けれど、小僧の探索は、ここまででした。
見つけることなく、また来るさ、と、、
三崎町 (509)_R
路地の街ですから、と

いかがだったでしょうか、「旧三崎町」
昨日訪問下さったブログのお友達が、
「度肝を抜かれた」とコメントしてくれました。
それは本当に私も同じ気持ちでした。
東京から2時間ほどの場所で、こんな「残された地」に
出会えるとは思ってなかったのです。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55
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すごく素敵な街並でびっくりしました。
[ 2015/05/16 04:18 ] [ 編集 ]
Re: ちまちま子さんへ
おはようございます、コメント下さりありがとうございます。
ほんと素敵な町並みでした。
今から40年前位のどこかのどかで、どこか田舎で、それでいて
沢山の商店が集まって、ちょっと小粋なカフェも実はあって
憧れて都心から転居される人の気持ちが、少し理解できました。
ちまちま家からも片道3時間で行けますから
オススメいたします。また是非遊びにいらして下さい。
[ 2015/05/16 09:54 ] [ 編集 ]
こんにちは。
倒れそうな木造建物や赤錆に覆われたトタンの家など、かなりの風情を感じるまちですね~
マグロ串とサイダーも美味そう!
[ 2015/05/16 13:52 ] [ 編集 ]
Re: ひろろろろさんへ
おばんです、コメント下さりありがとうございます。
あの赤錆の家凄く訴えかけてきました。「俺を撮れ」と、
北条地区には住宅街の中にひっそりと
これら木造建築が静かに佇んでいました。案内板に書かれた「花街」
その言葉通り花のように艶やかな街だったことでしょう。
サイダーとマグロ串美味しい組み合わせ、喉がすっきりして
家路に向かうことが出来ました。おいしかった。
また是非遊びにいらして下さい。
[ 2015/05/16 21:51 ] [ 編集 ]
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[ 2015/05/17 22:07 ] [ 編集 ]
Re: ゆきゆきさんへ
お晩です、ご丁寧なコメントありがとうございます。
そうでしたか~気付かなったですね~
あの場所でお団子屋さん?おしるこ屋さんに入ったことがありますが、
あれは精養軒に入る入口近くのお店、
あそこではなさそうですね、それがまたロマンでいいですね。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/05/18 00:42 ] [ 編集 ]
三﨑町は学生時代のお友達が住んでました^ ^
(今は 新潟在住です。)
当時 時々お家にお邪魔しに行ってたのですが…
こんなにもノスタルジーが溢れる町だったとは〜
ぜんぜん知りませんでした(゚o゚;;

あと…花街があったのも知りませんでした。
だいたいの花街は川で囲われいるようですよぉ〜(・ω・)ノ
女郎の逃亡防止だったそうです。
花街という言葉とは裏腹に 底辺で生きるしかない…
悲しい女性がたくさんいたようです(/ _ ; )
そんな場所にはだいたい 過酷な労働を強いられる
男の職場があったらしいです。
三﨑は遠海漁業の町ですから 何となく納得です。
(そのお友達のお父さんもマグロ漁船のお仕事でした)

今は潮風が似合う古い町並みかもしれませんが…
昔は男も女も生きるのに必死だったのかもしれませんねぇ〜

今の目線で三﨑町を訪ねみたいと思った…
とても興味深い記事でした(・ω・)ノ

[ 2015/05/18 20:59 ] [ 編集 ]
Re: shizuさんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
そうですか~学生時代の友人が住んでいて、
何度も訪れているのですか~縁がありますね。
一昔前は日本中が昭和でしたから、
そんなにレトロな印象がなかったのかもしれません。
今や首都圏NO1かなというくらいかもしれません。
花街、ほんと「花」という言葉とは表と裏
悲しい出来事は数限りなく起きている事でしょう。
マグロの水揚げで漁師たちはうるおい、
夜は飲み屋や花街に行き、街を潤わせてくれたのでしょう。
昔は男も女も必死に生きている、
確かにそうです、そして今も続いているのかもしれません。
1枚の写真で紹介した廃屋も、滅んでいった一つでしょうから
機会がありましたら、ぜひいらしてください。
それにしても三浦方面の「空が近い」という感覚は、
私にとってとっても心地よいものでした。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/05/19 00:49 ] [ 編集 ]
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