下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

駒沢 かけがえのない処(6)

全然駒沢には関係のない話なのですが、
ここ半年くらい、街歩きをする度に、あるメロディーが
頭の中で、出ては消えするのです。
「思ったより~も、夜露は冷たく、二人の声も震えていました♪」
井上陽水の「帰れない二人」

駒沢大学を出て、目に映った風景はこんなでした。
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そこには、愛おしくなるような民家
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けれども、やっぱりこの建物との出会いが全てでした。
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畳屋さんです
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銅板建築が、こんな風に残されていることが、
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そもそも出会った幸せなのでしょう
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ブログのお友達が愛した、
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牛乳の配達受け、ちゃんと駒沢の街に残されています。

いかがだったでしょうか、駒沢の風景は、
ご訪問、コメント下さったこと、感謝いたします。
読者の皆さんの気持ちはわからないですけど、
私にとっては、一つの区切りとなる記事となりました。
〇2度目の「駒沢給水塔」
〇吉祥寺から綿々と続く駒沢大学の歴史
そして、駒沢大学から大山街道、国道246号線に行く道すがらの
風景、それが今回の記事です。

面白い街でした。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55
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地元なのに。。
なんと牛乳箱まで。。。
kozoh55様、いつも不思議なのですが街歩き、街撮りはいったい何時頃からスタートするのでしょう?あんなとこからこんなとこまで。。。といつも拝見していて思ってしまいます。
フットワークの素晴らしさに敬服しきりです^^
この畳屋さんしょっちゅう前を通るし何度も写真も撮りましたがなんと!
上の看板にうっすらと「粕谷 畳一式請負」などと認めることができました。
全く気付かず「灯台下暗し」とはこのことですね~^^
ありがとうございました。
[ 2015/05/09 14:59 ] [ 編集 ]
Re: 地元なのに。。
お晩です、watermindさん、コメント下さりありがとうございます。
牛乳箱は確か246号沿いを歩いていたら、ふと路地に見えたのです。
この畳屋さんがこの日の一番の収穫でした。
銅板の外壁が古さで赤くなっていて、でも文字が浮かんでいて、
「すごいなあ」と感心しながら、感動しながら10分位あそこに居てしまいました。
駒沢にはまだまだああいった場所がありそうですね。すごい。
この3年ほどの街歩きを通して体力が付いたのは確かです。
2万歩くらいは歩いても疲れなくなりました。
この日は確か11時頃に駒沢大学駅に到着して、
柿の木坂方面に歩きだし、ラーメンを食べ、柿の木坂をあるいて
オリンピック公園へ、そして駒沢大学、最後に駒沢給水塔でしたね。
17時頃帰ったと思います。
普通位の街歩きですよね、たぶん。
こちらこそ新しい出会いに感謝です、また駒沢周辺には近々再訪予定です。
ぜひまた遊びにいらしてください。

[ 2015/05/10 01:03 ] [ 編集 ]
こんばんは
お邪魔します。

銅板建築、素敵ですね。
駒沢周辺、若いころが懐かしいです。

肉フェス、世帯主と娘が行っていたんです、びっくりしました。
もしかして、すれ違っていたかもしれませんね。

カエルの絵にほのぼの。
『ござる』に爆笑でござる。

またお邪魔させてくださいませ。
いつもありがとうございます。
[ 2015/05/10 01:06 ] [ 編集 ]
Re: こんばんは
お晩です、うづらさん、コメント下さりありがとうございます。
そうなんです、看板建築が好きで、更に銅板建築には経てきた時間を
美しさを増すための力とするような凄さがありますね。
駒沢には過去に縁があったのですか、ほ~です。
いや~会ってたか、うん、会ってますね、たぶん。
行った日は聞かないことにしましょう。
あのイベント会場、オリンピック記念公園を消し飛ばしてしまうような
迫力がありましたね。アイドル風の人たちと追っかけの盛り上がりを
聞きながら、駒沢大学に入ったのです。
カエルの絵と知らない動物がいたりして
それはそれで独りで盛り上がりました。
駒沢奥深し、ですね、またぜひ遊びにいらして下さい。
[ 2015/05/11 01:08 ] [ 編集 ]
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