下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

東京煉瓦高架橋 新橋のすがた

神田今川小路、有楽町と来れば、新橋に行きますね。
大正時代、旧新橋駅が「汐留駅」となり、旧烏森駅が現在の「新橋駅」へ。
新橋2000 (2)_R
アーチが煉瓦ではなく鉄筋コンクリートになり、耐震補強されているのに
工事が続くのは、
新橋2000 (5)_R
東日本大震災の大きさに驚いたからか、
新橋2000 (6)_R
それとも首都圏直下型地震がいつ起きてもおかしくないからか

この石の柱の上の碑文は、誰かが殉職したことを記している
新橋2000 (12)_R

内部はというと、コンクリートが続く
新橋2000 (13)_R
この高架橋の存在を私は知らない。

どこまでも寂しげな地下通路が、有楽町から新橋まで続くのだ
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新橋2000 (17)_R
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突然出会うことになる壁画は、
新橋2000 (25)_R
誰がどういう意味で描いたのであるか、
これまた私はまだ知らない
新橋2000 (27)_R
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ただ、イタリア料理と関係があるのかなって、それだけ、、、、

東京煉瓦高架橋は、一旦終えますが、またいつか再開いたします。
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ここの高架橋は、ホント風情があります
耐震は大切なことですが
風情を残して対応していって欲しいですね。
[ 2015/05/02 09:10 ] [ 編集 ]
Re: 植本多寿美さんへ
お晩です、コメント下さりありがとうございます。
神田、有楽町、新橋、そのすべての「顏」がこの煉瓦高架橋だと
感じた次第です、ので、部分的でもいいので、
この姿、外観を残してほしいですし、
そこに入っているテナントさんにとっても
大変な歴史を刻む風景・場所なんでしょうね。
「見届けられた幸せ」にはなって欲しくない風景です。
いつも訪問感謝いたします。
またぜひ遊びにいらしてください。
[ 2015/05/02 23:58 ] [ 編集 ]
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