下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

結城 時を紬げば②

駅周辺を歩いていると、酒蔵に出逢います。『武勇酒造』さん。
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『中を見せてもらっていいですか?』という私の声がけに
『酒造りはこれから秋にかけてですから、どうぞお気軽に』というありがたい言葉
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沢山の種類の日本酒が並ぶ
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ここからが蔵
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この巨大な一枚木は、酒樽を拡販する際の支え木
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それにしても大きい

蔵の様子は全体、戦の前の静けさといった感じ
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江戸末期創業、建物は有形文化財
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そこに歴史が見えてきます
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[ 2017/08/29 00:19 ] 結城 時を紬げば | TB(0) | CM(2)

結城 時を紬げば①

茨城県結城市、そう、結城紬がユネスコ無形文化財になっている街
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随分とおだやかで、ゆっくりとした街に見えたのは
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正しかったのだろうか
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駅はやたら大きく、すっきりとしている
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この『しるくろーど』というショッピングセンターは
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どこまでが現役なのか、わからなかった
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この暖簾が建築会社のものだとは
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だれも気付かないだろう

この娘は、何者だったろうか
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とほうもなく穏やかに見える駅前
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いきなり素敵な建物が現れた
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楽しみな街、『結城』そんな名の美しい女優さんがいたなあ
[ 2017/08/28 01:14 ] 結城 時を紬げば | TB(0) | CM(6)

時のかけら 古河 住んでこそ花

武家と商家の共存共栄などと、難しいタイトルにしたけど

素敵な街、それだけだったような気もします
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古い煉瓦の門に、これだけの『盆栽』がある学校って
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ここだけでしょう

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古河、いかがだったでしょうか?

kozoh55
[ 2017/08/25 00:13 ] 日光街道 | TB(0) | CM(2)

古河 武家と商家の共存共栄⑥

『鷹見泉石記念館』
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古河藩の家老職であった鷹見泉石は譜代大名の土井家歴代藩主に仕え
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土井家が就いた大阪城代、京都所司代、老中などの要職の補佐役を務めた
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江戸時代の武家屋敷、それも藩の家老職の建物が
こうして残っている事自体が貴重な上
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姿自体が美しい

この池は、お城の堀?だろうか
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道の先、右側に見えてきたもの
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『古河歴史博物館』江戸時代の古河藩の出城を活用
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施設内は撮影禁止
入口に置かれたオランダ製のストリートパイプオルガン、これのみ撮影可能
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鷹見泉石が収集、記録した資料等が展示されていました
あの有名な『大塩平八郎の乱』を鎮圧したのも土井の殿様とこの方だったんですね

『許我(こが)』万葉集に渡良瀬川の渡しとして、古河はすでに描かれていて
その歴史の古さを知りました

武家と商家の共存共栄
そして、その中から熟成された古河文化
その結晶の一つでしょうか

その日は、街を上げて、家族でたくさんの方々が手作りの
『灯篭流し』を楽しんでいました

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素敵な街ですね
[ 2017/08/23 22:10 ] 日光街道 | TB(0) | CM(0)

古河 武家と商家の共存共栄⑤

本当は武家と商家、どっちがメインなの?と聞かれると
この建物の事を思い出してしまう
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国指定有形文化財『篆刻美術館』大正9年建築
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篆書とは、1寸四方の石に篆刻と呼ばれる書体で
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古代の漢詩などから取った言葉を刻んだ書道芸術

美術館では外観以外、一切撮影禁止で、篆刻をお店出来ないのが残念

杉並町通りには
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まさに武家屋敷跡が
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堂々たる姿を現し
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その屋敷も私には
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男らしく思えました
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では、ここはどっちかな
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『作家永井路子旧宅』
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武でも商でもなく『文』なのでしょう、ここは
面白い
[ 2017/08/22 23:52 ] 日光街道 | TB(0) | CM(0)

古河 武家と商家の共存共栄④

日光街道沿いに栄えた商店街を歩く
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自転車さんにも歴史を感じます
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何屋さんだったのかな?現役?
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さりげなく古いんだわ~
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猫はつんとして
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武家出身かな?
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ああ、日光街道
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和菓子屋さん『はつせ』の自慢は
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この、『しら玉』
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シンプルで、食べやすい

そして国指定有形文化財『武藏屋』さん
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創業100年の歴史建築物は、屋根の姿が何より美しかった
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[ 2017/08/22 00:01 ] 日光街道 | TB(0) | CM(0)

古河 武家と商家の共存共栄③

武家と商家の共存共栄などと、難しいタイトルをつけてみたkozoh55
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『ふれあい通り商店街』を歩いて、歩いて
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日光街道と『ふれあい通り商店街』の交差点にたどり着く
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そこには歴史建築物風の建物があり
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街に戻る感じで日光街道とその商店街が現れる
相当しみじみしている風だ
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日光街道沿いの商店街に踏み入れようとしたその時、
最近、街歩きをする度に現れてくれる神の老婆、名付けて『神婆』
『あんた、何しているの、?何探しているの?』
『いや、今日初めて古河に来て、駅でパンフももらえなくて、なんとなくここに来たんです』
『そうなのかい、ここから先が日光街道だよ』
私が日光街道古河宿の事を質問しようとした時
彼女が驚きの言葉を投げかけてくれた

『あんた、私の家の脇に走っているこの細い道、なんだかわかるかい?』
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『いえ、何か特別な道なんですか?』
『鎌倉街道だよ、この細い道が、、、、この町で知っている人も少ないがね』
『ええ~っつ、鎌倉街道?日光街道より古いじゃないですか』

老婆はその後、この道に沿って作られた下水が自宅との境界に近すぎて
お役所に敷地を狭められた事を何度も語っていた。
私がお話しできたことのお礼を言うと、
『あんた、今日も暑いから、水分だけは取りなさい、水、持ってるか?あげるか』
見ず知らずの旅の者である私に最後まで親切にして下さり、
そして別れを告げた。

※ネットで調べた印象ですが、古河には確かに鎌倉街道が走っていたようです。
 ただ、お婆ちゃんが教えて下さった場所がそうなのかどうかは、
 確認する事が出来ませんでした。
[ 2017/08/20 20:38 ] 日光街道 | TB(0) | CM(0)

古河 武家と商家の共存共栄②

江戸時代は幕府家老職を担った古河藩の城下町として、
同時に日光街道の古河宿として商業も栄えた街

その象徴的な街並みの一つ『鍛冶町 みらい蔵』
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煉瓦蔵は明治時代のものだろうか
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この引き戸は昭和初期にも見えます
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今は見れなくなった風情
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みらい蔵の向こうも素敵な蔵あり
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みらい蔵脇の道沿いにも蔵
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柑橘系、美味しい実が生ることでしょう
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ふと空き地のようなところに目をやると
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古い金庫、それも巨大なものが
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放置されていた
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どれだけの時代と『お金』を溜め込んできたのだろうか
商家としての街の姿

鍛冶町から日光街道に向かったところにある『日光街道古河宿道標』
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『左 日光道』、『右、筑波道』
交通の要衝であったことが感じ取れますね
[ 2017/08/19 22:33 ] 日光街道 | TB(0) | CM(0)

古河 武家と商家の共存共栄①

古河と書いて「こが」と読む、茨城県の日光街道宿場町『古河』
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駅構内はとても地味だった
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駅を降りても地味
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このお店は何者なのか
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けれどさりげなく煉瓦塀があるなんて
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この街は素敵に決まっている
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お昼を食べようと、ラーメン屋さんを探していたら
地元で人気の餃子屋さんを発見、今日はこの店で頂こう
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待つこと20分、ラーメンも美味しかったけど
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やはりこの餃子の迫力負けました
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餃子ひとつひとつを噛みしめて
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満足してこのお店をで出たkozoh55

『餃子の丸満』さん
地元のお客様たちが、普段着姿で訪問して、思いっきり食べきる姿が
素敵なんです

[ 2017/08/18 23:47 ] 日光街道 | TB(0) | CM(6)

横須賀 迷宮STORY うつろい

横浜が日本史に登場するのは幕末、
横須賀は中世、三浦氏の時代からなので、
古さでは横須賀に軍配が上がる

横須賀駅から数分の所にある和菓子屋
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『松月』さん、美味しかった~
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この根付は非売品、残念。

扉の向こうは、どんな風?想像もつかない
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昭和な喫茶店も
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現役で頑張っている
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日本の産業に一躍買ってる街としての横須賀
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浦賀には、今も明治期に作られたドッグが姿をとどめている
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田浦
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山と森の合間に作られら街
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ひたすら穏やかな風景
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これも横須賀STORY

そして、私が現在勤めている職場(川崎駅前)の同僚に、横須賀出身は多い
『按針塚』『汐見』『衣笠』
今度横須賀出身の同僚達に、自身の『横須賀ストーリー』を聞かせてもらおうと思ってます

またいつかこの街は記事にし続けます
kozoh55