下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

蒲田 梅屋敷商店街⑦

京急梅屋敷駅の西側にある
170617-131702-梅屋敷20170717 (162)_R
『ぷらもーる梅屋敷商店街』
170617-131705-梅屋敷20170717 (164)_R
商店街の規模はこちらの方が大きく、
全国展開のナショナルチェーンが沢山営業中

そんな中でも輝きを見せてくれたお店達
170617-131845-梅屋敷20170717 (172)_R
店名がいいですね、『琵琶湖』
いつか、訪れなきゃ

『八目屋 松本』さん
170617-132107-梅屋敷20170717 (180)_R
千住に有名な川魚問屋『松本』さんがあるそうだが
関係があるのでしょうね

いや~梅屋敷の商店街は50メートル歩くと八百屋さんに出逢います
これ、ほんとですから
170617-132212-梅屋敷20170717 (182)_R

そして、今回の旅の目的地の一つ『大越』さん
170617-132429-梅屋敷20170717 (185)_R

あまりに美味しそうで、旨そうで
170617-132739-梅屋敷20170717 (188)_R
名古屋弁なら『どえりゃーうめい(旨い)』とでも言うのでしょうか
170617-132749-梅屋敷20170717 (189)_R
和惣菜の大『食べ切り市』
170617-132758-梅屋敷20170717 (192)_R
ここにあり~
170617-132809-梅屋敷20170717 (194)_R
100種類?もあろうかという品揃え
170617-132829-梅屋敷20170717 (195)_R
手間をかけるから美味しいんでしょう
170617-132945-梅屋敷20170717 (197)_R
ああ、また私のブログが『食べログ』化してきましたね
170617-132954-梅屋敷20170717 (200)_R

蒲田 梅屋敷商店街⑥

駅から東側道に伸びる『梅屋敷東通り商店街』
170617-114257-梅屋敷20170717 (17)_R
いつ来ても繁盛している焼鳥屋さん
『牛豚内臓器卸』と来たもんだ
170617-114336-梅屋敷20170717 (20)_R

ああ、この街のゆるキャラは
170617-114319-梅屋敷20170717 (19)_R
『梅ちゃん』なんですね。可愛い。
170617-121742-梅屋敷20170717 (86)_R
朝の連ドラで『梅ちゃん先生』というのがあったと思うけど
舞台となったのが『蒲田』関係あるのかしら~

『うめやストアー』さん
170617-114435-梅屋敷20170717 (22)_R
昭和30年代、町の商店街には、いくつものこういった『プチショッピングセンター』があったものです
170617-114458-梅屋敷20170717 (24)_R
ここも、そうでしょうか
170617-115239-梅屋敷20170717 (34)_R
渋い建物と看板
170617-115315-梅屋敷20170717 (39)_R
もう、とうきびが食べられるんだ~
170617-115402-梅屋敷20170717 (40)_R

店内に入って、更に驚く
170617-115622-梅屋敷20170717 (43)_R
懐かし看板のオールスターズ
170617-115624-梅屋敷20170717 (44)_R
170617-115626-梅屋敷20170717 (45)_R
170617-115628-梅屋敷20170717 (46)_R
今は営業を終えてしまった、魚屋さん売場を見ながら
お店の女主人さんに話しかけたkozoh55
170617-115641-梅屋敷20170717 (48)_R
『あの看板、貴重ですね~歴史を感じます、いつこのお店を?』
170617-120109-梅屋敷20170717 (51)_R
『娘が生まれた年、だったから、昭和35年、かな、
もう50年以上経っているわ』
170617-120105-梅屋敷20170717 (50)_R
『そうですか~本当に歴史があるお店なんですね~凄いです』
『今は無くなってしまったけど、魚屋さん、肉屋さん、みんなあったのよ、
いろんな事をしながらお店をやってきて』
170617-120430-梅屋敷20170717 (56)_R
『押し花をやってた事もあるから、残っているの』
170617-120439-梅屋敷20170717 (58)_R
お嬢様が私と同世代だと知ってから、
この女主人さんに親しみがこみ上げてきて
変に言葉が出なくなってしまったkozoh55

『いいお話をありがとうございます』と言って、
美味しそうな食べる煮干しを買ってお店を出ようとしたら
『ちょっと待って』と奥に行かれて、
またお店に出てきたとき、手に持っていたのは、
『赤えんどう豆』豆かんに使われるあのお豆

『近所のお客さんにもあげているの、持っていきなさい』
驚きで言葉に詰まったkozoh55
数秒して、やっと『ありがとう、頂きます』と

170617-171411-梅屋敷20170717 (249)_R
自宅に帰って、撮影して、
良く煮込まれていて、そのままでも柔らかく美味しかったけど、
半分はやはり黒蜜をかけて頂いたんです

蒲田 梅屋敷商店街⑤

ブログのお友達がkozoh55の過去の梅屋敷の記事を読んでくださった。
嬉しいし、また梅屋敷の商店街を訪れたくなって、ちょっと、行ってきたんです。

京浜急行『梅屋敷』駅
170617-113442-梅屋敷20170717 (3)_R
京急は最近線路の立体化を進めていて、案内板が素敵になった

ただ、駅がどこも同じようなのが、少し残念
170617-113747-梅屋敷20170717 (7)_R
梅屋敷駅前にいきなり渋いお店
170617-113759-梅屋敷20170717 (9)_R
右上の看板、読めますか?昔蒲田クレジットというのがあったんですね

そして、梅屋敷商店街の門?いや、鳥居、いや
170617-113815-梅屋敷20170717 (10)_R
170617-113819-梅屋敷20170717 (12)_R

この周りに梅屋敷の二つの商店街があり、
下町系としてとても有名なんですが、
そこに行く前に、この『梅屋敷』の地名の由来となった場所に
初めて立ち寄ります。

梅屋敷駅から蒲田方面に数分歩くと、見えてきます
170617-125609-梅屋敷20170717 (128)_R
今は公園になっているんですね
170617-125613-梅屋敷20170717 (129)_R

この地に江戸時代、山本忠左衛門が和中散(道中の常備薬)売薬所を開いていた。
その子久三郎が文政年間(1818年~)頃に梅の木100本や他にも花を植えたことから
「梅屋敷」と呼ばれるようになったのです。
170617-130126-梅屋敷20170717 (146)_R
今も素敵なお庭として残されていました~
170617-125824-梅屋敷20170717 (138)_R
170617-130109-梅屋敷20170717 (144)_R
梅の時期ではありませんが、紫陽花が美しくて~
170617-125226-梅屋敷20170717 (123)_R
170617-125230-梅屋敷20170717 (125)_R

素敵でしょう

児玉でしょうか?いいえ、本庄です。 本庄でしょうか?いいえ、児玉です⑤

児玉、地元一番人気の定食屋さん
170603-122109-児玉20170603 (178)_R
50年以上児玉の方のお腹を満たしてくれている
170603-123131-児玉20170603 (183)_R
170603-123134-児玉20170603 (185)_R
お肉屋さんだって美味しい
170603-112808-児玉20170603 (32)_R
ハムカツも
170603-113845-児玉20170603 (53)_R
メンチも
170603-113930-児玉20170603 (57)_R
鶏皮など、安くてうまい!
170603-114130-児玉20170603 (58)_R

本庄と伊勢崎を繋ぐ道に架けられた『寺坂橋』
170530-121503-本庄201705 (657)_R
埼玉県の近代道路場所としては最古と明治時代の石造りのアーチ橋
170530-121636-本庄201705 (669)_R
埋もれてしまっている姿が、忘れられない
170530-121849-本庄201705 (684)_R
お饅頭を頂き
170530-123021-本庄201705 (698)_R
親切なお豆腐屋さんに
170530-123227-本庄201705 (702)_R
がんもを温めてもらい、美味しく頂く
170530-123748-本庄201705 (708)_R
『電気館』という映画館がこの辺りにあった
170530-140106-本庄201705 (847)_R
ご主人の好意で、当時の味のカレーを頂いた
170530-134701-本庄201705 (840)_R

こんな幸せな旅があるのですね

本庄・児玉の時のかけら
170527-111921-本庄201705 (52)_R
170530-125705-本庄201705 (753)_R
170603-120001-児玉20170603 (113)_R

本庄・児玉、そして日本・世界の偉人『塙 保己一』さんのお話も
170603-133856-児玉20170603 (357)_R
いつか語ってみたいです

児玉でしょうか?いいえ、本庄です。 本庄でしょうか?いいえ、児玉です④

また再び舞台は本庄へ
駅から旧中山道に向かう途中に、商店街に遭遇
170530-103450-本庄201705 (354)_R
この、まったり商店街の先に見えてきたもの
170530-103651-本庄201705 (363)_R
そう、この建物は今や『遺構』となってしまっているが
170530-103913-本庄201705 (371)_R
ストリップ・バレエという文字が見えるだろうか
170530-104019-本庄201705 (379)_R
そう、大繁栄した本庄の歓楽街の中心は、ここだったのだ
170530-104207-本庄201705 (393)_R
すぐそこで見かけた、輝かしい、昭和初期からの写真館
170530-104353-本庄201705 (399)_R
170530-104412-本庄201705 (407)_R
170530-104542-本庄201705 (425)_R
あの建物の周りにあるもの
170530-105026-本庄201705 (438)_R
170530-104715-本庄201705 (427)_R
170530-104910-本庄201705 (432)_R
そのほとんどが、50年前の記憶、繁栄の記憶、色町残照
170530-110211-本庄201705 (469)_R
路地に咲く、『紫陽花』
170530-110147-本庄201705 (464)_R
町の方が教えてくれた、「旧見番跡」いまは駐車場か、、、
170530-110601-本庄201705 (481)_R

銀座商店街、そこの一角に聳える建物
170530-111547-本庄201705 (508)_R
何処から見ても
170530-111140-本庄201705 (490)_R
美しいとしか言いようがない
170530-111601-本庄201705 (511)_R

児玉でしょうか?いいえ、本庄です。 本庄でしょうか?いいえ、児玉です③

本庄の次は児玉へ
170603-110959-児玉20170603 (2)_R
ここ、バス路線で、結構町の中心部
170603-111015-児玉20170603 (5)_R
のんびりと麦畑があったりします

町の中心地に聳える『八幡神社』はこの街の総鎮守
170603-113506-児玉20170603 (40)_R
宝暦6年(1756年)に建立された『隋身門』の扁額は、かの名君、松平定信公の揮毫。
170603-113552-児玉20170603 (44)_R
一言で『立派』だなあと
170603-113644-児玉20170603 (48)_R
佇まいが、なんとも落ち着いて上品
170603-114349-児玉20170603 (61)_R

児玉には主役級が一杯!
170603-150748-児玉20170603 (388)_R
はい、モスラですね、これは、
いえ、「おかいこさん」です
今は麦なども育てていますが、今から100年前は、みな「養蚕農家」だったんですね

だからこそ、街にはこんな建物も残されています
170603-152718-児玉20170603 (441)_R
『競進社模範蚕室』明治27年(1894年)建築
170603-152918-児玉20170603 (443)_R
建物の細部、全てがおかいこさんが立派に育つように作られ
170603-153017-児玉20170603 (445)_R
ここが全国の養蚕業の模範的な存在だったという
170603-153308-児玉20170603 (450)_R
170603-153604-児玉20170603 (458)_R

繰り返しますけど、100年前、日本は『絹の国』でした
170603-153709-児玉20170603 (460)_R
この地も蚕をそだて、絹糸を作り、
人がおおいに集まったことでしょう
170603-121906-児玉20170603 (168)_R

児玉でしょうか?いいえ、本庄です。 本庄でしょうか?いいえ、児玉です②

2話も児玉でしょうか?いいえ、本庄です

今回の旅で本庄に2回、児玉に1回訪れました
170530-101956-本庄201705 (337)_R
地味でしたわ~駅舎

処が駅そばの建物を見てびっくり
170527-110930-本庄201705 (11)_R
『大政商店本庄支店』大正9年竣工

レンガの美しいうだつが上がること上がること、深谷の『日本煉瓦製造』の煉瓦なんでしょうね。
170527-110952-本庄201705 (14)_R
170527-111034-本庄201705 (20)_R
170527-111043-本庄201705 (22)_R

駅から旧中山道沿いの通りに向かう途中
170527-112345-本庄201705 (71)_R
170527-112426-本庄201705 (76)_R

なかなかの迫力、本庄は凄まじいのか

この通りが旧中山道
170527-113254-本庄201705 (127)_R
渋い建物がいっぱい
170527-113307-本庄201705 (130)_R
この一角で、何が売られていたのか
170527-113320-本庄201705 (133)_R
古いタイルが愛おしい
170527-113403-本庄201705 (138)_R
路地に入り、少し歩くと
美しい門構えと建物に出逢う。
『本庄市立歴史民俗資料館』
170527-115319-本庄201705 (219)_R
旧本庄警察署
170527-115353-本庄201705 (222)_R
明治14年建築
170527-115357-本庄201705 (224)_R

建物内部も素晴らしかったが
170527-115445-本庄201705 (228)_R

忘れられないふたつのものと出逢う

『笑う盾持人形埴輪』は今から1,400年前に作られ
170530-125750-本庄201705 (757)_R
この本庄で発掘されている、こんなの見たことが無い
170530-125803-本庄201705 (761)_R
可愛いでしょう、この埴輪がモデルとなって、本庄市のゆるきゃら
170530-111727-本庄201705 (529)_R
『はにぽん』は生まれました
170530-130340-本庄201705 (778)_R
そして資料館に残されている、本庄宿田村本陣の宿帳には
170530-130404-本庄201705 (781)_R
鬼平犯科帳の『長谷川平蔵』名が残されていました

児玉でしょうか?いいえ、本庄です。 本庄でしょうか?いいえ、児玉です①

高崎の友人に連れてきてもらった『本庄』

明治大正時代、絹産業の中継地として、空前の繁栄を得た『本庄』

駅前に来て、観光案内所に行くと、年配の方が、

『本庄を回るんですか?児玉の方が私は素晴らしいと思うんですけどね』

本庄駅前に来て児玉をお勧めする案内所のスタッフ、

その正直さに敬意を表して、本庄・児玉の記事は、児玉で始めることにしました。

ブログのお友達が語った『かこーん』という青空ではなかったけど
170603-132110-児玉20170603 (290)_R
世の中に『かこーん』とした建物がある事を知る
170603-132255-児玉20170603 (302)_R
170603-132237-児玉20170603 (299)_R
170603-132312-児玉20170603 (303)_R
『児玉町旧配水塔』昭和3年建築
170603-132315-児玉20170603 (305)_R
昭和初期は、こういったインフラ系の建物ですら
170603-132517-児玉20170603 (318)_R
美しさを競った
170603-132523-児玉20170603 (319)_R
ひたすら
170603-132746-児玉20170603 (334)_R
美しいのだ
170603-132955-児玉20170603 (339)_R
装飾がかわいい
170603-133133-児玉20170603 (341)_R

ちまたの猫 『のぞき猫』クイズ?

結構難しい質問ですよ。埼玉の岩槻で入手したんですけどね。
170617-212217-KOZ_4224_R.jpg
いやーわかんないすよね
170617-212250-KOZ_4227_R.jpg
170617-212333-KOZ_4230_R.jpg
色が同じだしなあ
170617-212350-KOZ_4234_R_20170617215355221.jpg
どれも同じに見えるね
170617-212527-KOZ_4242_R_2017061721543735d.jpg
豪徳寺の招き猫だわ
170617-212555-KOZ_4243_R_20170617215438ca0.jpg
防災用ラジオライトでしょう
170617-212640-KOZ_4247_R_2017061721544057a.jpg
わかんね
170617-212646-KOZ_4248_R_20170617215441cab.jpg

さて、kozoh55がのぞき猫を入手した場所は?

小笠原伯爵邸 四半世紀の眠りから覚めたスパニッシュ建築③

ディナーを終えて、帰ろうかと思っていたら
「この館の魅力を、ご案内しましょうか?」いうありがたい声を頂く。

そして中庭から
170612-213733-小笠原邸20170612 (230)_R
ハーバード大学に留学していた小笠原長幹さん自身の芸術作品
170612-213829-小笠原邸20170612 (242)_R

外階段の先にあるもの
170612-213749-小笠原邸20170612 (234)_R
2階にも社交場があり
170612-214014-小笠原邸20170612 (258)_R
これは「鳥小屋」だという
170612-214032-小笠原邸20170612 (262)_R

建物内部の1階に戻ると、地下に続くワンインカーブ
170612-215534-小笠原邸20170612 (316)_R
そうなんです、このカウンターでスイーツとカフェだけ頂くことも可能ですよ170612-215617-小笠原邸20170612 (318)_R
ああ、そう、ここは元々トイレだった
170612-215712-小笠原邸20170612 (321)_R
中の照明は唯一、建築当時の物が残されているもの
170612-215723-小笠原邸20170612 (323)_R
美しすぎたステンドグラス
170612-215815-小笠原邸20170612 (327)_R
入口上部の装飾は
170612-215839-小笠原邸20170612 (330)_R
素敵、を通り越してしまってます
170612-215857-小笠原邸20170612 (332)_R

洋館としての『小笠原伯爵邸』

なのに、この建物の入口左側に残されたもの
170612-220142-小笠原邸20170612 (342)_R
まごうことなき猿であり、この館の守護神でした。

年に1回はここに来なくちゃね