下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

鎌倉 癒し大仏

今回、初めての訪れた「鎌倉大仏殿高徳院」
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穏やかな気持ちで、この地を離れることが出来ました

大磯 『湘南』始まり物語④

風光明媚な里としての「湘南」の地、大磯
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看板がなななかにお洒落
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お寺には井戸と
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夏みかんが育ってたりします
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駅を降りるといきなり料亭があったり
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美しい洋館に遭遇したりする大磯
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西へ西へと
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夕方4時30分、三井家の別荘があった、そして旧吉田茂邸のある城山公園に到着
当たり前ですよね、公園は4時半には入場受付終了

結局、三井家別宅跡をぶらりと歩きました
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戦前、日本一の財閥だった三井家
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大磯ロングビーチのその先の風景
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ここは何処だったろうか
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思い出せません
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吉田茂邸再建を終えて、4月1日より一般公開スタート
ということで、また大磯に来て、その時には拝んでおきたいことです。

大磯 『湘南』初めて物語③

大磯にこういった史跡があるのを、今回初めて知りました。

「鴫立庵(しぎたつあん)」日本三大俳諧道場
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江戸初期から、ずっと続いていて
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現在も俳句を学ぶ処
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この机は明治時代?上野の根岸にある旧正岡子規自宅にも、同じようなものを見かけました。
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わたしもこういう箱にさっと一句作って出せるようになればいいですけどね
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『鴫立澤標石』
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この標識の裏に「著盡湘南清絶地」という文字が書かれており、
「湘南」という言葉がこの地が発祥だと言われています。

実はこのオブジェが一番印象に残りました
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なんでしょうね、全てを省いて、一直線な表現

再び東海道を西へ。
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歴史ある建物に出逢い

本来、この辺りに明治時代の元勲・貴族たちの別邸があるはずですが
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大隈邸、鍋島邸、伊藤邸、陸奥邸、、、、、、
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行けども
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行けども
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塀と林があるだけで、建物は見えてこない。
最後は海に出るだけ

出逢ったのはこの神様だけ
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なぜ、あなたはここにいるの?
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さあ、あと30分も歩けば、旧吉田茂邸・旧三井邸のある『城山公園』に
たどり着ける

大磯 『湘南』始まり物語②

今回の旅、目的地は『旧吉田茂』が今、どうなっているのかなと思い、
東海道線に乗った訳でして、目的地目指して東海道沿いを西に歩んだのです。

ところが、街並みが渋くて
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こんな立派な和菓子屋さんに出逢ったりするので
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寄り道・道草小僧になってしまって~

ああ~なんと立派な天井の梁だこと
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kozoh55「あのーあんまりににも立派な建物で、感動してしまって、店内を撮影させていただけますか?」
お店の奥様「ああ、どうぞどうぞ、かまいませんよ」
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いや~この記事を書いていて気が付いたんだけど
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この看板?表彰状・只者じゃないですよ、1893年、っていったい

残してくださったんですね、こんあにも美しく
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こちらの名物「西行饅頭」も魅力でしたけど、桜餅を購入
海に出て頂こう、っと

大磯 新杵(しんきね)さんは、明治24年創業との事。建物は当時からのもの?
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この先の海が日本最初の海水浴場
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何々、明治時代の軍医総監「松本順」先生が国民の健康維持と体力の増進を図るために
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海水浴が非常に良いと説いて、この地で仲間たちと海水浴を始めたんですね

神々しいのは海だけではなく
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桜餅がピカピカと神々しかったんです
うっすらと桜色がかかっているのが、映ってますでしょうか。
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しょっぱいもち米が輝いて
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餡の甘みを引き立てて、口の中で溶けていく

幸せは、こんな時間(とき)なんでしょう
ありがとうございます、『しんきね』さん

あれ、今日の目的地は?どちらだったか

大磯 『湘南』始まり物語①

前の記事「取手」は「本陣」に出逢う旅でした。
大磯はどうだったか、、、吉田茂の旧宅があったけど、
つい少し前に確か全焼してまったし、
明治・大正・昭和の政治家の別荘地?見れるのかしら

地味目な小さな駅
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そりゃそうでしょう、元々駅設置の予定は無かった場所
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日本初の海水浴場を作ることなり、明治20年に開業されたのです
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駅舎は当時からのそのまま?確かにレトロではあります
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そうですね、別荘地として「明治政界の奥座敷」と呼ばれていたそうですよ

駅裏の高台にいきなり美しい洋館が登場
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駅前商店は、ほぼここだけ
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日本で最初の海水浴場、それが大磯
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駅を少し下ると、そこは東海道
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大磯宿本陣跡地
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ここですよ、お蕎麦屋さんになってました
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お屋敷調の建物には
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さらっと蔵が存在感を発揮してくれてます
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今はカフェとして営業されてました

水戸街道 取手宿 本陣の時間④

取手駅から徒歩5分ほどの所に
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造り酒屋「田中酒造」さん、このスクラッチタイルは昭和初期大流行したもの
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風情がありますねー、この樽達
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この奥の建物は、昭和初期のものか
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驚いたのは店内に入ったその瞬間
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お雛様が空を飛んでいますわ
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よくぞこうしてお雛様が宙を舞い、楽しんでいる姿を考え付いたなあと思ったら
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東京藝術大学の生徒さんの協力を受けたそうです
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見ているだけで、ほんとこのままで楽しい
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背景も凄いんですよ
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そして、造り酒屋の本領発揮
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グリーンの瓶、いいなあ、これ。
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この造り酒屋さんの顔ですね、この瓶たちよ。

水戸街道 取手宿 本陣の時間③

染野家の皆さんの炊事場この右の台にお鍋を乗せて、保温したという。
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土間から茶の間を見渡す
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土間から広間を見渡す、
その先に見えるのが大名用の「間」
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露出した天井組み、迫力満点でした
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お殿様はここにあり、あの水戸家9代藩主、徳川斉昭(烈公)もここに座ったのだ
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こうして庭園を愛でたことだろう
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ひょうたんのくり抜き
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菱格子
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どれもが、格式の高さを感じられるものです
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私にはこの程度の紹介が精いっぱい
まあ、凄い

もう一軒、取手には紹介したい建物があります。
明日、紹介しますね。

水戸街道 取手宿 本陣の時間②

『旧取手宿本陣染野家住宅』
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そう、この正面入り口から入れるのは水戸藩主とその連れの者のみ
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茅葺の屋根が愛おしい
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こんな姿で今も残してくれているなんて、、、
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寛政7年(1795年)建築、その建物を昭和62年から解体修理を重ねて
明治時代の建物として修復しおたのがこの建物で、
平成9年から一般公開されていますが、公開日は金・土・日の三日間。

この土間も江戸時代建築
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さあ、建物内部へ、と思ったら、正面入り口の脇の窓が不思議な形をしている
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そう、内部から見ると更に解ってくる
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ここは郵便局の窓口なのだ
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明治時代になって染谷家はここに郵便局を開設したんですね
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こういったものが残っているの、初めて見ましたから~

水戸街道 取手宿 本陣の時間①

本陣の時間(とき)それが今回の記事のタイトル、
明治時代の本陣の建物はほぼ忠実に残されているという。

そして、その建物には当時の染野家の営んでいた商売の遺構といえるものが
残されていました。

そもそも首都圏に昔走っていた街道の本陣で建物が残っているということ自体が
めったにない事だと感じてます。

品川宿は現在は公園
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板橋宿は商店街の中にひっそりと「本陣跡」という記念碑があるのみで
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太田宿も記念碑
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蕨宿にはどういう意味でしょうか、何か建物風のものが残されているだけ
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そんな過去の訪問地の事を思い出しながら
私kozoh55は常磐線取手駅を降りました。
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駅構内で野鳥が出迎えてくれて、少し嬉しかったです
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ごく普通の地方都市の駅
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駅前にいきなり老舗漬物屋「山中屋」さん、創業は明治40年治
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奈良ではないのに奈良漬が名産だという
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私はこの可愛い吊り雛を見て
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そしてかっこの良い取手宿の提灯を眺めながら
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思わず奈良漬を買ったものです

少しふざけた風の居酒屋の看板
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寂れかけた商店街
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渋い建物
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ここから10分もしないで、本陣に出逢うことが出来ましたよ
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鎌倉 江ノ電沿線お散歩④

再び江ノ島を目指す
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渋いわ~この建物、鎌倉みたい
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腰越に到着、ああ、路面電車
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歴史建築物たち
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これは、何か歴史的な出来事があった場所か?
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「日蓮宗霊跡本山 寂光山 龍口寺」
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「立正安国論」を著した日蓮は、鎌倉幕府を中傷したとされ、
当時処刑場であったこの場所、龍の口に連行されました。
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この地に閉じ込められた日蓮
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いざ処刑を行う時になり、江ノ島方面から満月のような光が飛んできて
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首切り役人の目がくらみ
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斬首の刑は中止になったと言われます。(龍の口法難)
そんな事もあり、
江ノ島は今も観光地であると同時に、巡礼の地なんですね。

鎌倉プレミアム街歩き、またいつか再開します。