下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

時のかけら 鳩山4代 音羽御殿②

現在の正式名称は「鳩山会館」

この建物は大正13年建築、建てたのは鳩山一郎氏。
平成8年、古くなった建物を修復し、「鳩山会館」として公開されている。

2階はいくつかの居室に分かれていたものを、
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大きなホールに様変わりしている
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広いバルコニーで、鳩山一郎氏は何度大きな政治的決断をしたことか
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この建物の大きな魅力は「ステンドグラス」
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階段踊り場に聳えるこの姿
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忘れられない意匠ばかり
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横浜の歴史建築物、「JACK」のステンドグラスと、どちらが大きいのだろう
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鳩はもちろん
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ふくろうまで鎮座するこの邸宅は
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縁起が良いにきまってますね

雨が止む気配がない中で、kozoh55は一人護国寺に向かう

時のかけら 鳩山4代 音羽御殿①

9月24日、ここのところ判を押したように毎日が雨、
川越の手前のふじみ野駅から川越街道を歩こうと電車に乗るも
乗り換えの飯田橋で土砂降りの空を見て遠出はあきらめて

どこか近場を訪れることに
有楽町線の護国寺駅で降りると、相変わらずの雨
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音羽にあるその建物は、すぐには見えてこなかった
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やっと玄関、それは戦前の建物の一つのスタイル
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終戦後、公職追放令などを受けて、
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追放令解除後に内閣総理大臣となる「鳩山一郎」さん
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笑顔には愛嬌があって、人気の宰相だったという
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土砂降りで、庭にも出ることが容易でなかったその日
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いざ、室内へ
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もちろん、本物の暖炉
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この重厚な作りの応接間に、戦後日本を作ったたくさんの政治家が
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集ったという

サンルームが、こんな日でなければどれだけ明るく、快適だったことか、、、
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けれど、この床タイルに出逢えたことの幸せ
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美しい、それだけでも充分すぎる姿

びば、ラーメン!! サッポロはどんな味だったか?

北海道に里帰りした時、岩見沢で頂いたお店
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「緑が丘らい久」さん
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地元駒大岩見沢の高校生が訪れるなど、地元の若者に人気のラーメン
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具がド迫力に乗っかっていた、忘れられない姿

横浜関内、サッポロラーメンの老舗に出会う
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これは、今に近い、今風かもしれない
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普通に美味しい、メンマ柔らかいよ
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昨日、川越に行こうと電車に乗って、乗り換えで飯田橋に立ち寄り、ラーメン屋を探すと
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「えぞ松」さんはサッポロラーメンを出す定食屋さん

出てきたラーメンを見て、おおいに驚く
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昭和40年代、50年代の庶民向けの札幌ラーメンはこれだったよ
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具でもやしがいっぱい乗っかって、食べても食べても出てくる、メンマ柔いっしょ
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スープは味噌がそのまま入っている感じのストレートな味わい
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またまた出逢いに感謝、おやじさん、またお邪魔しますね

サッポロに住んだことのないkozoh55は、まだ、元祖の「三平」さんにも
行った事がないのです、、へえ~

川越 ひっそりと西小仙波町③

この街に残された色街残照は、すべて戦前の遊郭由来のものではないか
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色街残照と思える建物の3カ所目で、改めてそう感じました
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格式が高い、
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この姿、次はどこで出逢えるのでしょうか
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京都?大阪?

ここは現役の料亭でした
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だったら、中に入りたかったのに
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今日は定休日でしょうか、お休みです
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横からのすがたも、いとおかし
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普通の平屋の民家?
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いやあ、色っぽ過ぎて、そうは見えないですわ

いつか喜多院のすがたもちゃんと紹介しなきゃ
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ですよねえ
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[ 2016/09/24 00:02 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(2)

川越 ひっそりと西小仙波町②

お世話になった舟運亭さんがあるあたりは、すでに「西小仙波町」
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道行く、地元の方?とおぼしき人に
「この辺りに色街があったようなんですけど、ご存じですか」
kozoh55がストレートに尋ねると50前後くらいの女性の方が、
「あら、ああ、あそこよ3階建ての建物の脇の路地を入ったところ、
当時の建物もいくつか残されているみたいよ」と

教えていただいた路地に入る
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すでに左側に見えていたもの
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わーなんだこれは~普通の住宅街の中なのに
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美しすぎて、ごめんなさい
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他にも「色街残照」は、あるのか?あった
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もうここは「喜多院」まですぐそこの場所
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ここにも
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この窓が作られたのは、いつなんだろう
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こんな時間・空間と出逢えた幸せ
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まだ終わらない
[ 2016/09/23 00:42 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(2)

川越 ひっそりと西小仙波町①

ご存知川越は蔵・蔵・蔵に包まれた商人の町
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江戸時代から大いに繁盛し街並みの美しさから、
「小江戸」とまで言われたこの街には戦前・戦後の赤線廃止まで、
徳川家光生誕の間が残されている「喜多院」近く、
「西小仙波町」に色街があったそうだ

地図では今もその地名は残されていて、kozoh55は今月、訪れてみた。

東武線川越駅を降りると、喜多院のある駅からは西側に向かう
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おお、これは地元百貨店「丸広」さん、今も繁盛し続けている老舗

ただ道路を歩いているだけで、
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こんなにも素敵な古い建物
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この手摺が美しい

お前も
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なかなかの面構えだけど
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いきなり川越らしい「蔵」なお店に出会う「麺老舗 舟運亭」さん
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屋根に大黒様と鍾馗様がいっぺんにいるなんて
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なんて縁起のいいお見せでしょうか
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店内に入りそうめんやらラーメンやらを選んでいたら
素敵な古家具に遭遇
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出逢える幸せですねえ
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そしてこれは全て本物の「太政官札」
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個人宅でこれほどのものに出逢えることは
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ないですよ、マジで
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美しい奥様が入手の経緯をお話しして下さり
撮影の許可も頂いて、ありがとうございました、奥様
[ 2016/09/21 21:58 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(0)

ただただ北海道 時のかけら2016

深川の極上とうきびを頂いて始まった、ただただ北海道2016、
まだまだ紹介したりない気もする

余市はまだまだ魅力的だった
出逢ったことが無い岩
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マッサンの屋敷はそれぞれが丁寧に作られて
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あれ、なんで工場で竹鶴21年物を買わなかったのだろうか

ラーメン食べなきゃ
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店名を聞いただけで笑い出したわけですが
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なかなか美味しかったぞう
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千歳空港では、老舗「あじさい」の塩を食べて
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寿司ばかり食べていて、調子に乗っていた私の胃を
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穏やかにしてくれました

最後に、、、、これは誰?
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水戸のキャラクター「のびーる君」「ねばーる君」どちらだっけ?
なぜ北海道にいるのかしら、わかりません。

なんか、背が伸びているよ
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わー身長3メートルだよ
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まあ、楽しすぎる5日間でした

ご訪問くださった皆様、北海道のネタに凝りずに付いてきてくれて
ありがとうございます。
北海道をさらに好きになってくれれば、嬉しいものですね。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

ただただ北海道 ニシン漁の記憶 余市②

余市はあの有名な「ソーラン節」発祥の有力地だという
「ニシン来たかとカモメに問えば~」
街にその名残はあるのだろうか、

国指定史跡「余市福原漁場」は
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どこまでもどこまでも
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北海道でのニシン漁の主役としての
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矜持を見せてくれた
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「旧下ヨイチ運上家」
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運上家とは、「和人とアイヌの交易の場」であり、贅を尽くして作られたニシン番屋とは違い
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実用本位で作られたという
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だからこそこの石葺き屋根として今に残されているんだろう
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現存する道内唯一の運上家として、歴史的価値は非常に高いという

ここからが余市のはじまりでもある
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「ニッカウヰスキー余市工場」
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あのドラマの世界がそのままここに残されている
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そこにリタさんと竹鶴さんは、住んでいたのだ
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広く美しい工場でした
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ただただ北海道 ニシン漁の記憶 余市①

夕張を離れ高速に乗って、余市の宿に着いたのは7時半、
すぐに夕食を頂き、兄と一緒に温泉に浸かる

日曜日のもう夜10時近くなっていて、旅の疲れもあったけど
思わず兄弟で余市の飲み屋街に繰り出す

日曜日、夜10時もう開いているお店は数件、
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その上、この街の飲み屋街は、数十年前の漁が盛んだった時をピークに
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どんどん元気がなくなってきているという

「縁」(えん)というお店の扉を開けると、ベテランママが「いらっしゃい」と、
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「なかなか内装が凝ってますね~」とママに声をかけると
「それだけ、もう、古いだけよ」と
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本当だ、天童よしみさん、まだ若い事
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余市に来たからには、と勧められてニッカの「竹鶴21年」を頂く
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ああ、こんなにも優しい味わいなんだ

鮭トバのつまみが出るなんて、北海道ならでは
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使えなくなったジュークボックス、けれど、あるだけで嬉しい
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兄弟で歌って歌いまくり、ママさんからは時折、いい昔話を聞かせてもらい
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宿に戻ったときは、もう、2時を過ぎていた

ママさん、ありがとう

ただただ北海道 夕張 終わらない宴③

「夢見橋」
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この橋の向こうには炭鉱夫の楽しみ
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「風呂場」があったという

映画「北の零年」のロケ地だった建物は
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随分と小さい

そもそもこの博物館敷地は、廃墟なんだろう
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これが掘り出された、石炭、岩石みたい
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夕張に産地直送のメロン屋さんは、出逢うことすらできなかったこの街。
好きか嫌いかはまだまた見えてこない。


町の繁栄を目指して、多くの器=建物は生まれた
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そして、いつしかその建物でたくさんの人が呼べないことに気が付き
借金が残った

そして、去っていた人達

けれど、この場所から見えるじゃないですか~
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こんなワクワクする坑道入口

午後5時、私と兄はこの坑道を探検することなく
夕張を出て、余市に向かったのです