下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

時のかけら 旧川越街道②

江戸、明治大正、昭和初期と、古い時代に多いに栄えた「旧川越街道」
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これまた「旧大山道」と交差する場所には「大山道道標」
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すぐそばの浅間神社は
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「富士信仰」尽くしでありました
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そして

そこには、ほぼ無くなってしまったはずの風景が残されていました。
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「北町アーケード」というネーミング
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昭和30年代の商店街にタイムスリップしたのか、、
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看板もシンプルなだけインパクトも大きい
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もちろんそれぞれのお店含め、現役、、

ただ、この看板の出っ張り具合には、負け申した
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後ろ姿もなかなか
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「🎵振り向~かないで~(札幌)の人」
なあんて懐かしい曲を思い出した訳です
どうでしょう、この姿

時のかけら 旧川越街道①

西武線の練馬駅周辺は、たくさんのしみじみ商店街が駅前にあり、
今も繁盛し続けている印象。

では、東武練馬駅周辺は、、、、、、
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少し面白げな看板のしょうてんがいがあることしか印象が無くて
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気が付くと線路沿いの古い飲み屋群にたどり着いた
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ええ、渋かったです
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ところが、駅から北に向かうと、突然、街が明るく広がってくる
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「北一商店街 みのり市」
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元気な商店街にはメンチカツが似合いますね
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たいやきも似合います
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そう、この通りは「旧川越街道」

桐生 ゆめ(夢)の続き エピローグ

JR桐生駅到着が13時10分、新桐生駅でこの街を離れたのが18時9分、
滞在時間5時間の街歩き

記憶に残ったショットをつらつらと

この土偶、小さいのは耳飾りだったとか
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人間の営みの歴史を背負った土地
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本当に魔法の瓶だった
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「日本国有鉄道」、もう数年で死語になるかもしれない
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桐生駅北口から数分の所に
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何故、こうした廃屋が残されているのか
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桐生倶楽部の志が感じられる
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栄枯盛衰
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くぐると幸せになれるのかな
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これから建てるのか、残された社
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市井の建物
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近江商人が築き上げた「味噌蔵」
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その住まい
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柄が可愛いよね、ちびちゃん
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孤高、なんて難しい話じゃないね
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いかがだったでしょうか、桐生
その奥深さはすべて人が作りしもの
ご訪問くださった皆様、感謝申し上げます
またぜひ遊びにいらしてください

2016年6月25日
                        kozoh55

桐生 ゆめ(夢)の続き⑤

この街で起きた150年の出来事が夢であったなら、
目が覚める日もくるであろうが、全ては「リアル」

この桐生で最初に造られた鉄筋コンクリート建築は今も現役だという
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江戸時代まで遡りそうな建物、
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ずっと変わらぬ姿であり続けること、それが出来ることがこの街の底力なんだと感じた。
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実はこんな煉瓦の建物群が、この街の観光の中心
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本町は、江戸時代徳川家康がこの地を産業都市としての栄えさせたい、
という志で街づくりを指示されたのだった。
その街造りの起点となったのが、この桐生天満宮
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桐生 ゆめ(夢)の続き④

「五十番」ここもまた歴史ありな風情
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お隣に和菓子屋さんが、、、
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元気な奥様から黒糖のオリジナルどら焼きをいただく
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奥さん曰く、「この店の前の通りは「糸屋通り」なんだけど、もう糸屋さんが0軒になってしまったのね」
そんなこともあるのだろう

「桐生倶楽部」大正8年に造られたこの建物は桐生の近代化の象徴、桐生財界の集いの場所として現役。
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けれど、この街の不思議な所は、この倶楽部の前の通りが
いかにも庶民向けの飲み屋街であること、昔は色町だったとも聞く
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旅館「賤(しづ)」さん、泊賃2,500円と書いてあるが、本当だろうか
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その先に「賤」さんは廃墟としての悲しい姿として、そこにあった。
やはり、残念ではある。

「賤」富めるもの以外の方への宿だという意味だろうか、今は訪ねる相手もいない。

桐生 ゆめ(夢)の続き③

最近、私の口癖になってます、「ここからがkozoh55らしさなのかもしれません」
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どこか凝った造りのな建物が並んでいるかと思えば
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滅びの美学のような風情にも出逢える
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桐生の商店街は、そんな風でした

この街の中心街の本町と交差する交差点を少し越したところに、
「色町」「花街」があったらしいのですが、ここなのかもしれません。
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どの店も現役であることに感謝
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「永楽町」
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「赤いくつ」
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この看板は昭和40年代、何色だったのか、
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そこにあった街灯はさみしそうで、仕方なかった
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けれど、夢のような姿の「茶屋」か「料亭」に
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出逢えることが出来た幸せ
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まだ続きます

桐生 ゆめ(夢)の続き②

桐生は産業の街と言っていいのだろう、
絹の産地として奈良時代から記録が残っているという

現在の人口12万弱、多いのか少ないのか
私は多いと感じたけど、皆さんはどう思うか、感じてほしい

上毛電気鉄道の始発「西桐生駅」
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昭和3年建築のこの駅は日本の駅100選
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ファサードの造りが印象深い、すがた
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切符売り場、跡
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この駅周辺には、いわゆる昭和な建物が残されていると、何かに書かれていたけど

この旧旅館のことかもしれない
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この個人宅?だろうか
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大学通り?のしみじみ建築が並ぶ建物の、裏手に見つけたもの
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これこそが「看板建築」それも典型的な姿
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銅板を折り曲げで立体的な姿が美しい
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昭和初期のものかもしれない、そう感じた硝子窓
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右上部の装飾は壊れて曲がっているようにも見えるけど
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こだわりなんだろう、と

桐生駅北口の商店街に戻ろう

桐生 ゆめ(夢)の続き①

群馬県の桐生市に行ってきました。ブログのお友達「kshun10」さんの
日本全国冒険紀行」で紹介されていて、いつか自分も行きたいと思い、
今日、実現したのです、kshun10さん、ありがとうございます。

本八幡から約2時間半、JR桐生駅南口は立派でした。
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更に立派なのは駅からすぐの所に聳えるこの建物
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絹撚記念館、明治41年創業の「旧模範工場桐生撚糸株式会社」の事務所棟
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この古い写真でおかわりのように、今のJR桐生駅周辺はこの工場で埋め尽くされていた
当時清掃していたもの
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このような金庫を供えた工場の用地として、桐生は選ばれたのだろう
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この街は明治江戸どころか、もっと古くから人が住んでたようだ
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縄文時代からの人々のいた証(あかし)

そしてこの建物の素晴らしき姿こそが、当時の繁栄を伝えてくれる
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どれだけの人がここに集まったのか、駅前の姿
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観覧車?遊園地もここにはあり
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商店街は大層な賑わい
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すべてこの街が体験した事ばかり

喫茶探訪 魔性の味 オンリー②

コーヒーバー、と書かれている
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「夜は飲み屋、それでバーなんですか?」
「いえ、お酒を出した事はないんですよ。BARって、カウンターの足元によくある棒のことを
BARと言ったんだそうですよ。この店のカウンターの足元にはBARがあるから」
知らなかった~驚いた、、、

驚きと言えば、このレジとてつもなく年季が入った年代物。
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今も現役なのだ
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この秤はマスターが譲り受けたもの
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グラムだけでなく、「匁(もんめ)」表示もあるこれまた年代物
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懐かしすぎる、北海道の実家は創業時は八百屋、その頃これを使っていたし~
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これで今も豆を挽いている、、壊れたら、もちろんマスターが自分で修理
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カウンター
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カウンターの照明
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いや~参りました、マスター
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近いうちに訪問しますよ千束通りと合羽橋の姉妹店を
今から楽しみであります

マスターいろいろとありがとうございます


喫茶探訪 魔性の味 オンリー

この日、三ノ輪と南千住界隈をのんびりと歩いていたら、
南千住の駅から少し歩いた商店街?に、この店を発見、
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発見、と言っても今回が二度目、この看板のことが忘れられなくて
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今回、やっと店内に入ることが出来ました。

「いらっしゃい」と60歳くらいの男性が出迎えてくれる
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出迎えてくれたのは、人だけでなく「昭和」な内装、このアールの天井、すごい
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メニューもちゃんとレトロ、ブレンドとホットケーキをオーダー
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優しそうなご主人のまなざしを見てkozoh55が話しかける
「同じ店名で、合羽橋にもお店がありますよね」
「ええ、姉妹店であそこの方が少し古いかな」
「そうでしたか、姉妹店ですか。地井さんのお散歩本でこのお店が紹介されていて、
一度お邪魔したいと思っていたんです、今日がその日になりました」
「一番古いのは千束通りをちょっと入ったところにあるんですよ、そこが1号店」
「えっ、知らなかったです、3店舗あるのですか?千束通りって、吉原に?」
「そうなんです」とご主人

それから数組のお客様が来店、人気なんですね。

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久しぶりのホットケーキは素朴な味わいが私には嬉しくて、美味しくて

続く