下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

池袋要町 終点のない商店街①

この記事を残すヒントを、ブログのお友達、「ほのぶらマン」さんより頂きました、
いつもありがとうございます。

「終わらない、終点のない商店街がある」と聞いて池袋から西、要町をぶらり
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有楽町線の要町駅からすぐそこに
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えびす通り商店街を発見

正直、商店街は寂れた風でした
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こんな看板に出会える幸せ、建物も銅板の看板建築、貴重すぎます
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あっという間に、違う商店街に、「仲見世商店街」
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これまた静かすぎる風景
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蝋燭(ろうそく)なんて、読めるものでしょうか
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延命地蔵様が、静かに佇んでいて、商店街は終わりか?と思ったのに
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次は「えびす通り高松商店街」に
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出逢ったものです
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続く

見届けられた幸せ No005 三原橋地下街

現在の姿から紹介。
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和光がそびえる銀座交差点から築地方面に行くと、この工事中の風景が目に入る
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ここにあったもの、「三原橋地下街」
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屋根の不思議な傾斜を見て気付く方も多い事でしょう
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そう、ここは橋の下に作られたのです
空襲で焼けた銀座一帯の瓦礫を処理するために、この「三原橋」が架かっていた
「三十軒堀川」埋め立てた際に、空間を利用し、
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映画館、飲食店街が作られました
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名店「三原」さん

けれども、時の流れは残酷で、
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耐震性の問題で地下街そのものの取り壊しはすでに決定し、
2013年3月には「銀座シネパトス」が閉館
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以外のお店も2013年9月には閉店、移転している。
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三原橋地下街は1952年に作られ、東京で現存する最古の「地下街」であったが、
その消滅により、その地位は「浅草地下街」に譲ることとなる
[ 2015/08/30 18:21 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

時のかけら 忘れられない

小岩に行くと、花が咲いていたんです、
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「小岩フルーツパーラー」
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ほら、ね
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銀座に行くと
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今度は氷の花びら
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今年はマンゴーと
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金時にしてみました
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暑かった夏が千葉東京でも終わりを告げようとしてます
今年はこのお店には行かずに終わりそうでした
なのに、ブログでお世話になっている「防府」のatushiさんという方が
美味しいいちごミルクのかき氷を紹介していて
もう、だめでした、、、、

びば、ラーメン!! 名店とは?

美味しいものだけを紹介するのは真夜中と決めてます。
なぜ?って、それはしらないですねえ。

ラーメンの名店とは?これも知らないのですが、この2店は共通しているものを感じました

銀座の老舗「共楽」さんの醤油ラーメン
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湯島と言えばこの店「ラーメン天神下 大喜」さん
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少し、物足りないかというくらい、あっさりしていて、油少なめ

数十年続く人気店というのは、若い頃から食べていた人が、
年を経て嗜好が変わっても、食べに行きたくなるお店、
そういえば私の一番大好きな「赤坂味一」さんもそんなふうです

迷宮との出逢い 向島

「向島」ご存知の方は多いのでしょうか?「向島の料亭」という言葉、
今から30年前頃、政治と金の癒着が問題となり、その時、
政治家達が利用した場所としてクローズアップされた地です。
いまも沢山の料亭が営業を続けてます。

紹介したい向島風景は、外観はこんなふう
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手作りメニュー
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右は大正時代、左は昭和初期、現役稼働中
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お父さんがこの街で作った喫茶店
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お父さんの「世界」を
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息子さんが守り続けてます
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美味しかった~手作りパン
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医食同源、一番人気のミックスジュース
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ほろ苦

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お盆真っ最中に、ご主人は丁寧にメニューを紹介してました
喫茶店「かど」さん

迷宮との出逢い 鳩の街

この日もちゃんと暑くって、曳舟通りを渡って鳩の街に向かう途中、
こんな美味し良い喫茶店に出会った。
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ミルク味がこんなにも私の暑さ疲れを癒してくれるなんて
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「珈琲 ジロー」さん。
奥さんが声をかけてくれた、「あら、いい帽子被っているわね」と、
「帽子の被り方、知ってる?」いたずらっぽい表情で話しかけてくれ、
そして、本物の帽子の被り方を教わったkozoh55、ありがとう

ご存知ですか?鳩の街商店街
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どこにでもありそうな、少しさびれた風な商店街
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けれども、この商店街の通りの右側の通りには、赤線の町があったのです
その当時の特徴が残る建物が今日現在残されています

曲線が印象的な建物
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ここもそう
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ここだって
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そして、丸い柱が特徴かもしれません

建物の飾りとしての「タイル」がそこには
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しっとりと残されていました

あれ?この日はにゃんにゃんデーだったのか
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ラビリンス 迷宮と出逢えたでしょうか

迷宮との出逢い 京島

京島のキムラヤさんの記事を読み、変化の激しさを伝えましたが、
その日歩いた京島、鳩の街、そして向島には変わらない姿もあります

まずは話題の京島から
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猫が京島なのか、京島が猫なのか、
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このワインディングロードこそ、京島の「幹線道路」
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猫が京島なのか、京島が猫なのか、
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ザ・商店街 お盆風景
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いつからの姿でしょうね
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猫が京島なのか、京島が猫なのか、
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なんで「京島」?
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「東京」の「京」と「向島」の「島」を合わせて付けたみたい

見届けられた幸せ No004 京島 キムラヤ

お晩です、訪問くださる皆さん、ありがとうございます。
先週、久々に京島を訪れました、、、時は残酷なほど街並みを変えていきます

「パン洋菓子 キムラヤ」さん
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京島の街並みを象徴するようなお店は、もうとっくにいません
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丁寧に並べられたパンたちは、美味しそうにそこに並んでいて
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お店の歴史を彩る飾り達をもう、見れません
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「京島は、再開発再開発で、ついにうちも3か月後には閉店なのよ」
奥様は心底残念な風で、この日初めて出会う私に語ってくれた
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これがあの「シベリア」。羊羹や餡子をパンで挟んだお菓子
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素朴な味わいが、私には嬉しくて

そうそう、この曲がりがある商店街のマンションのあたりに
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キムラヤさんは佇んでいました


見届けられた幸せ No003 上野下同潤会アパート

関東大震災の復興を目的として設立された「同潤会アパート」は、
電気・都市ガス・水道・ダストシュート・水洗便所など、当時最先端の近代設備が備えられていた

その、最後まで残された「上野下同潤会アパート」
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当時まだ珍しかった鉄筋コンクリート建築
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機能の優れた建物は、その姿もシンプルで美しい
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窓廻りがなかなかの迫力
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最後の上野下同潤会アパートは、2013年解体。
この写真は解体することを知って、最後のお別れに行った時の物
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外された看板は、どこかで残されるのだろうか
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ご存知の方も多いでしょうけど、有名な「表参道ヒルズ」は、
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青山同潤会アパート跡地を再開発したもので、

表参道ヒルズの隣には設計家の安藤忠雄さんが再現した「同潤会アパート」が
原宿・表参道 (225)_R
建てられた当時のような美しさで佇んでいます

ただひとつ、心残りは内部を一度も見ることが出来なかった事ですね
どんなダストシュートだったことか

見届けられた幸せ No002 洲崎 旧大賀楼 

地下鉄東西線「木場」駅を降りて、ほんの少し千葉方面を歩くと、
右に坂があり、その先にあった「洲崎大門」、そう、洲崎遊郭の跡地。
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明治時代、根津遊郭が近くに東京大学が建てられたため、この「洲崎」に移転となった
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その名残が通り名として残されている

洲崎遊郭、戦後は洲崎パラダイスと呼ばれた赤線地帯は、
昭和33年の売春防止法の成立によって、役割を終える

が、つい数年前まで残されていた「色街残照」、2011年8月撮影
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「旧大賀楼」遊廓の中でもランクの高いお店だったようだ
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シンプルで上品な造りに、この蒼い空が良く似合った
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これほどまでに伝統的なタイル意匠は、もう見ることは出来ないかもしれない
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当時、そう感じた

案の定というか、この建物は東日本大震災の被害を受け、
2011年秋に解体、今はもう、どこにあったかすらわからないだろう