下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

時のかけら 川崎河港水門Ⅱ

水門の後ろの橋も同時期のものだろう
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前の記事の逆側から
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基礎部分に煉瓦が見える、その姿がまた歴史を感じさせてくれる
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丸窓は上品の証
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私には舟の「舵」にも見えました
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水門部分、もちろん現役として動きますよ、現役ですから
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再び最初の位置から
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斜め後ろ姿なんて、どうでしょう。青い空がこの子にお似合いです
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真後ろからの姿は、電車からじゃないと見れませんね

女性的な姿の窓
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最後に、、、、

今回の記事を書くにあたって、触れようかどうかを迷ってたのですが
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有形文化財が望めて、ゆっくりと時を刻めるこの場所で
あの凄惨な事件は今年2月に起きていました
「川崎市中一男子生徒殺害事件」
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前の記事で後ろ姿が写真として残されて親子連れらしき二人、
お母さんはどこか祈るようにこの場所を見つめていて、、、

以前はたくさんの花束が置かれていたこの場所も今はこの看板のみが、
ポツリと置かれていました。

時のかけら 川崎河港水門Ⅰ

その文化財は、この駅からほんの5分のところにあります
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京浜急行大師線 「港町駅」駅名の由来「港町十三番地」ってなぜ?ここ?
「港町十三番地」は美空ひばりのヒット曲
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以前の駅名が「日本コロンビア前駅」ですから、そうここに日本のレコードの歴史を作った
日本コロンビア川崎工場があったのですね。

駅構内の展示、LPレコードって、もう覚えてないな
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駅からほんの少し歩くと、そこには多摩川が横たわり
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羽田空港から飛行機が飛ぶ、のんびりとした風景が
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続くんでしょう
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突然姿を現す、「川崎河港水門」この写真では大きくは見えませんが
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この車と見比べてください
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大正15年着工、昭和3年竣工
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水運の発展を見込んだものの、第二次大戦による経済悪化と戦後の陸運の発展で
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時代の主役からは離れたのですね
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何だろう、この何か房のような、頭のような、
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それは、当時の川崎市の名産品
☆ぶどう
☆なし
☆もも
なんだとさ、フジツボじゃないですよ、ええ
その下の丸いマークは、川崎市の市章じゃあないですか

綱島街道 古い街並み、まだありますか④

これ以上温泉街残照に出会うことは難しいと感じたkozoh55は、
再び大倉山方面に歩き始め、鶴見川を渡る。
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大曾根商店街通り、ここは油断していると出会わずに終わるような
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目立たない目立たない商店街

そこで、凄い建物、風景に出会った
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たぶん、役割を終えたマーケットの先に見えてきたもの
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見まごうことなき、銭湯が
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どっしりと営業している
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「太平館」さん、今日も営業してくれて、ありがとう
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いかがだったでしょうか、大倉山記念館、妙蓮寺、綱島、そして最後の「大曾根通り商店街」
銭湯「太平館」のあの姿、二度と忘れないでしょう
今回は大倉山を下りて乗って、また乗って、また戻るという歩きすぎでした
歩けば歩くほどこの街、奥行きがまだありそうですから
次の訪問が楽しみです
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます
またぜひ遊びにいらしてください

kozoh55

綱島街道 古い街並み、まだありますか③

再び「大倉山駅」に戻り電車で「綱島」駅を降り立つ
そうです、戦前戦後のある時期までこの街は「東京の奥座敷」温泉郷だったのです
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バス停がどこかそんな、旅館のバスが止まってそうな風情
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確かに古い建物は少し残っていて
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でも、普通の商店街・そして住宅地域、それが今の姿
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駅前の古風なビルに
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少しそれらしさを感じたりしました
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「バー プランタン」
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綱島街道まで行くと温泉街残照を発見、
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壊しているのか?建設しているのか?

1946年創業「東京園」
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この建物の地下に新線「東急相鉄直通線」が通る為、綱町温泉最後の「温泉」は
今年5月より「無期限休業」となっている

やっぱり中に入って、「東京園」見てみたかった
温泉街としての名残りとしての「香り」を楽しむことが出来たかもしれない

綱島街道 古い街並み、まだありますか②

妙蓮寺駅周辺には、古き良き時代の風情が
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ちゃんと残ってましたよ
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実のところ、綱島街道にレトロな建物、風景など残されてはいなくて
街道と電車の交差するあたりが、なかなかな景観でしたよ
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気が付つくと「菊名」駅への道が、レトロそのもの
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JR横浜線と東横線が交わる主要駅が、ことのほか地味で
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こんな標識が似合ったりします
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綱島街道に戻って綱島に向かうと
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こんなものを発見!
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「獅子頭共用栓」明治時代にこんなインフラがあったのですね
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いまも、水をたたえて、いつでも飲めるのです

そろそろ綱島温泉に行こう!

綱島街道 古い街並み、まだありますか①

あっさりと「大倉山」の街並みと別れを告げ、kozoh55は
東横線沿線のレトロな街並を探すことにして、まずは「妙蓮寺」へ
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レトロより先に、甘味処を発見!
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「三吉野」さん
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このおはぎが大きくて大きくて、「食べるしかないっしょ」と
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「おいしい!これ」と私、
「そうだろう、おいしいんだよ」とご主人
なんていうんでしょうか、ボリュームがあって、なおかつ上品な感じで
私は嬉しくて嬉しくて、大福も買って帰りました

さあ、レトロな街へいざ行かん、って
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おお、今度はレトロな商店街が現代風にリボーンした感じ
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「おかずのキタムラ」さんはお隣が山形牛が自慢のお肉屋さんの姉妹店
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「特選メンチカツ」ネーミングに参りました
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お店の奥さん「すぐ温めますから、更においしくなりますよ」
「ありがとうございます」と私
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いやーなんだろう、いい牛肉をたくさん使っているから味わいがあり
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なおかつ今まで味わったことがない中身のサクサク感
ふわっふわっと口の中で崩れていくのが心地よくて、思わず、
「いろいろなところでメンチカツ食べているんですが、ここが一番おいしい」
とまで言い切ってしましました。キタムラさん、ほんと美味しくて

いや、綱島街道に出て早くレトロな街を探さなくちゃ

大倉山 憧れの姿を追って②

荘厳そのものの玄関、その中にある空間世界
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明治以降の日本の歴史建築を見ると
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階段にこそその建物の象徴的な姿で作られていて
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石造りの階段が、それも大理石ではなくて、その荒々しさが
凄く新鮮でした

ギリシャ風、いえ、それ以前の建築スタイルだそうです
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座って、ゆっくり心地よさを味わいました
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※この「大倉山記念館」はドラマ・映画などのロケ地として有名だそうです。
 内部の撮影については、特に撮影禁止との表示はありませんでしたが、
 ネットでこの施設のHPを読むと、微妙な内容でした。
 自身の責任で今回、簡単な掲載とさせていただきました。
 いや~それほど素晴らしい施設・建物なのです。昭和初期の日本人の志を感じます。

 ご確認、ご指摘を頂きましたAzTakさん、ありがとうございます。



大倉山 憧れの姿を追って①

東急電鉄東横線、「大倉山」駅。
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駅からすぐの坂を上ると、見えてきた公園
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城j品な姿の階段を上ると
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こんな景色に出会うことが出来た
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今、今日現在、こんな建物を残してくれたことに
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感謝の気持ちは絶えることがない
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実業家で東洋大学の学長などを務めた大倉邦彦によってつくられた
「大倉精神研究所」それはそれで、素晴らしいの一言だった。
実は建物内部こそ一見の価値ありなのです。

時のかけら 溝の口 闇市風商店街

もう首都圏でこんな商店街に出会えるのは、
立石以外ではどこにあるのだろう、
教えていただけるとありがたい

溝の口にて
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2階があるのか?2階で生活しているのか?
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現役であることが、私には嬉しい限りでした
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これも「見届けられた幸せ」なのかもしれない
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時のかけら 鳩ヶ谷街道

足立区の江北をぶらりしていたら
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こんなモザイク猫に出会って、不思議な気持ちになり
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もはや建物が隠されているのを見届けて
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ここは、「鳩ヶ谷街道」だったと気付いたのです。

ここも、
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古くて穏やかな街並でした
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まだ残されていた場所
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